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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第4章 宿にて



京都に越してから日々仕事に追われていたここ1年の間は図鑑を見るに留めていたのだが、実際にこうして売買されているのを目の当たりにすると、この時代の人にとっては薬草や山菜も大事な役割を担っていたのだと感動すら覚える。
他にも籠の中に並んでいたのは覚えのある薬草ばかりで、現代とこの時代とでも共通して残されているものがあるのだと、心のどこかで安堵した。

(記念に買いたい…けど、無一文だしな)

この時代で通用する通貨を持たない事に気落ちして、はたと足を長く止めてしまった事に気付き、慌てて凪は自身の隣を見やる。

(────…ヤバい)

思えば、立ち止まった時に掛けられる皮肉とも揶揄とも取れる男の声がなかった事に気付くべきであったのだ。
無意識の内に顔が強ばり、周囲をざっと見回した。行き交う人の中に、あの長身と目立つ白の色彩が見えない事を改めて確認した凪は、次第に嫌な音を立てて鳴り出す鼓動を抑えるよう、ぐっと唇を引き結ぶ。
立ち止まったまま、辺りを見回す凪を数人の町人が不思議そうに見つめ、しかし声を掛ける事なく通り過ぎた。

賑やかな声が響く町の中心、その往来の端で佇む凪を見兼ね、薬草売りの老齢な男性が困ったように笑う。

「お嬢さん…もしかして、迷子かい?」

人の良さそうな男が、怖がらせないようにと配慮してくれた柔らかな声が、却って凪の羞恥と困惑を煽った。

「……連れと、はぐれたようです」


────────…


初めてその女と目が合った時、女は怪訝な色を少しも隠すことをせず、己を見つめていた。
そこにあったのは困惑の色を秘めた疑念であり、初対面の覚えしかない小娘ごときに、そのような視線を向けられるいわれなどない己の心の奥に、小さな火種を残して行く。

果たしてそれは女と同じように疑念であったのか、予感か、あるいは気まぐれな興であったのか、今それを確かめる術などもうありはしないのだが。

凪を間者か、あるいは信長暗殺の黒幕に繋がる何者かと推測をしていた光秀にとって、今回の任はそれを暴く好機だった。
傍で観察し、見極め、使えそうならば使い、そうでなければ始末すれば良いと考えていた男は、いつもの如く飄々としたままで彼女を安土から連れ出した。

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