第13章 再宴
(……まあ冗談だよね。そもそも夜は光秀さんの御殿に帰るわけだし)
「あの、ところで信長様!お酌させてください」
「貴様の唇で酌をさせてもよいが」
ひとまず話題を変えようと視線を巡らせ、当初の目的だったろう酌へ意識を向けようと申し出る。凪の意図を分かっていて、敢えて乗った信長は緩やかに脇息へ再び身を凭れさせると、短く笑った。
凪は背を向けている形の為、分かってはいないだろうが、彼女の姿越しに垣間見た男の姿に、信長は内心で満足する。視線を向けまいとしていても、光秀の意識が上座へ向いている事は気配で容易に分かってしまうものだ。
こと、常にその首を狙われている身の信長にしてみれば、当然である。
故に、向けられていた光秀の意識が、信長が凪を離したと同時に逸れた事など、手に取るように分かった。
「そんなものより、お銚子と盃っていうものがありますよ。信長様のちょうどお手元に」
「……まあよい。愉快な余興の褒美として、今宵は貴様の口車に乗ってやる」
「ありがとうございます…?」
果たして何が愉快な余興だったのか、とは念の為に訊かないでおいた。不思議そうに双眸を瞬かせて疑問形の礼を紡いだ凪に向かい、膳の上へ置かれた空の盃を手にして差し出す。信長の傍に置かれていた銚子を確認するよう手に取り、特に何も言われなかった事から両手でそれを傾ける。
透明な清酒が朱塗りの盃へ満たされ、それをぐいと一息に飲み干した信長の喉が嚥下に合わせて上下する様は男性独特の色気が漂っていた。何となく直視してはいけないような気がしてそっと視線を逸らした後、空になった盃を再び差し出され、凪は再度銚子を傾ける。
満たされた盃を今度は飲み干さず、半分程口を付けたところで一度膳へ戻した信長は、少し離れた位置に控えていた女中へ声をかけた。
「おい、あれを」
「かしこまりました」
短く用件だけを伝えれば、予め伝えられていたかのように女中が心得たとばかりに立ち上がって奥へ一度引っ込む。
程なくして戻って来た女中の手には盆があり、その上には小さな巾着袋が乗っていた。
(…なにあれ?)