第13章 再宴
信長が視界に入れたのは、いつもの席に座している光秀の姿である。
「………あやつめ、俺が本気ではないと見抜いておるか。まったく、食えん男だ」
「……だ、誰がですかっ」
互いに内緒話でもするような声量で、疎通出来ない言葉を交わし合い、信長は流した視線を再び凪へ戻した。
さすがに信長相手へ力任せに突っぱねる事は出来ず、猛獣の前へ差し出された獲物の如く大人しい彼女を改めて見やり、信長は口角を僅かに持ち上げる。
天主へやって来た時は兎も角、昨夜とは大きく異なる凪がまとう空気感は、悪くない変化だ。
それでなくとも、凪はあの織田軍の化け狐と敵味方問わず呼ばれる男から、特別な感情を向けられたという実に稀有な存在である。
今は動く様子を見せず、静かに盃を傾けている男の表情が変化する様は実に面白いだろうと思う反面、己自身もまた純粋に凪へ向かう興味が燻っているのも事実だった。
「凪」
「はい…、あの、そろそろ離して貰えると…凄く気まずいので…」
「俺に口答えは無用だ。貴様は黙って、この俺に愛でられていればよい」
(愛でるってなに…!?この距離感は必要…!?)
強張る表情一つで、おおよそ凪が何を考えているのか手に取るようにして理解出来、喉奥で低く短い笑いを溢した後、信長の吐息が再び唇をかすめ、やがて柔らかな感触が唇の端へ触れる。
「……!!!?」
唇の端とはいえ、柔らかな感触が顔に触れた事は紛れもない事実だ。衝撃と困惑に身を固めた凪から身を離した信長は呆然としている凪の顎を、まるで猫でも撫でるかの如く指先でくすぐり、身を離す。
「それを愛でるのは、貴様と二人きりになる時まで取っておくとする」
「え、愛でるのは確定ですか…っ」
「俺のものを好きにして何が悪い」
淡い桜色の唇へ視線を落とし、緋色の眼を眇めた信長が戯れのように告げた。冗談なのか本気なのか、いまいち行動の真意が理解出来ない男を前にして凪は困ったように眉尻を下げる。どれだけ否定したところで、凪は信長の所有物であり、その肩書きがあるからこうしてこの場に居れるのだと思うと、何となく複雑な心地だった。