第4章 宿にて
実際にお願いするかどうかはさておき、三成ならば嫌な顔などせず付き合ってくれそうな気がするし、恐らく案内の仕方も丁寧だろう。
僅かな接触しかいまだにないが、あの物腰の柔らかさならば変に気負わずに楽しめそうだなと考えていると、隣で男がそっと笑いを噛み殺した。
「おやおや、随分と嫌われたものだ。こうしてお前と一番長く時を過ごしているのは俺だというのに、あまりつれなくされると悲しくて泣いてしまいそうだ」
「絶対そんな事思ってないですよね…!?」
微塵も思っていなさそうな、わざとらしい溜息混じりの言い草に間髪入れず突っ込み、顰めた顔を光秀に向ける。
肯定も否定もしないまま、僅かに肩を竦めて見せた男の唇が笑みをかたどっているのだから、中々に腹立たしい。
そんな他愛ないやり取りをしながらも、凪はふと自身がいつもの歩調で歩けている事に気付いた。長身の光秀と女性として平均的な身長の凪とでは明らかに歩調が違う。
それは即ち、光秀が凪に合わせて緩やかな速度で歩いてくれている事を意味していた。
(意地悪かと思えば自然な感じで時々優しいし…やっぱりよく分からないなあ、この人は)
ここまでの道中、幾度も思い返した事を脳裏に過ぎらせた後、凪は再び賑やかな店先へと意識を向ける。
通りの両端には様々なものが陳列されており、その奥に商売人が座り込んでいた。
野菜を干して乾燥させたものや、焼き物、女物の小間物など、多種多様な商品を前に、つい好奇心が擽られた凪の意識が向かうのも無理のない事である。
その中で一際彼女の目を引いたのは、見る者が見なければ用途などまるで理解出来ないものだった。
(あ…っ!)
つい足を止めた凪が大きく目を瞠って視界に留めたのは、陳列された品々の中でも質素で地味な路地前の一角。
木箱の上に置かれた藁で編んだ籠、その中に数種類の植物が並んでいる。ともすれば雑草に見えるそれ等だったが、凪は心を躍らせた。
(甘野老(アマドコロ)だ…!茎は山菜として食べられるし、根も煎じて使える…!この時代にもちゃんとあったんだ)
凪の視線の先には、緑の茎が数本と、それの根らしきものが同じ籠に入っている。薬草観察と栽培は凪の個人的且つ年頃の女性にしては中々に地味な趣味だった。