第13章 再宴
話の方向がひっそりと護衛の件から光秀の健康についてへシフトしようとしていたところで、ふと凪は家康の一言にはたと目を見開き、些か食い気味に軽く身を乗り出した。
「そういえば家康さん…!」
「っ、ちょっと、近いんだけど…」
ずい、と近付いた凪の大きな漆黒の眼に見つめられ、家康は不意を衝かれた様子で短く息を呑み、軽く身を引きながら不機嫌そうにむっと顔を顰める。
思わぬ方向から好奇心が湧いて来た凪はそんな家康に構う事なく、何処か期待を寄せた眼差しで相手を見つめ、問いかけた。
「昨日の宴の時に思ったんですけど、家康さんって薬草、詳しいんですか?」
「………は?」
身を寄せて乗り出し、無防備に顔を近付けて一体何を問うのかと思えば、よもや薬草の事とは。一瞬驚いてしまった自分が馬鹿馬鹿しく思え、つい半眼になった家康はやがて瞼を伏せると吐息を漏らし、引いていた身を戻した。
「…まあ、それなりに知識はあると思う。薬の調合が趣味だから、よく調達に行ったりもするし」
「え、調合?凄い、私薬草は眺めてばっかだから、そういうのは実際にやった事がなくて」
「むしろ調合しないで薬草眺めてるだけって、あんた一体どういう趣味してるの」
「見るのも育てるのも好きっていう趣味です」
薬草の事となると突然饒舌になり始めた凪は、薬の調合が趣味だという家康に対して仲間意識というよりも、尊敬に近い眼差しを送っていた。
鈴蘭毒に対する説明を的確にしていた事から、知識はあるようだと感じていたが、まさか薬草を見て育てるのが趣味だとは。ますます変わった変な女だなといった印象を深めた反面、家康は感心もしていた。
いつ如何なる時も、知識は宝だと家康は考えている。
政宗のように直感で行動する野生の勘が強めの人間はさておき、大抵の場合、知識がなければいざという時に身動きが取れなくなる。後は知識を実際に役立てる実践力も必要だが、それは後からでも自然に身につくだろう。
そういった点で、凪の事は純粋に評価出来ると家康は思っていた。確かに変わった趣味だが、生きる事において決して無駄にはならない。