第13章 再宴
だからであろうか。普段ならば決して口から出る事のない言葉がするりと違和感なく出てしまったのは。
「……興味、あるの?調合」
真っ直ぐに注がれる漆黒の眼を何となく見ている事が出来ず、家康はそっと正面を向く形で顔を逸らした。
視線を俯きがちにして特に理由もなく膳へ投げ、小さく告げる。
そうすれば凪はそっと息を呑み、一瞬言葉を失くした後でゆらゆらと漆黒の眼を揺らした。視界の端に映り込んだ彼女の表情に思わず逸らしていた筈の顔を向ければ、凪は家康の目の前で嬉しそうに破顔する。
「ある…っ、凄くあります!それだけじゃなくて、手当ての仕方とか、そういうのも一通り」
「そ、そう…。分かったから、ちょっと…顔近すぎっ」
ぐっと再び近付けられた彼女の大きな眸に驚いた面持ちを浮かべる自分自身が映り込んだ。吸い込まれてしまいそうな漆黒のそれへ誤魔化すように眉間を顰めて注意すると、我に返ったらしい凪が軽く目を瞠り、身を引いて苦笑する。
思った以上にころころと変わる凪の表情は、家康が当初抱いていた堅苦しそうなものからだいぶ一変した。
「…はっ、すみません…つい、テンション上がっちゃって」
「【てんしょん】って何」
「気分とか気持ち、とかそういうのですよ」
「南蛮語?」
「そういう認識で大丈夫です」
ふうん、と気のない相槌をしつつ、手持ち無沙汰に盃を手に取る。いまだ膳に箸を付ける様子がない凪を見ると、彼女は最初に家康が注いだ盃をちびちびと少しずつ飲んでいるようだった。もしや、あまり得意ではなかったのかと思い至り、割と初回から多めに注いでしまった事を思い返した家康が空いている未使用の盃を取り、酒の銚子の隣に置かれた白湯入のそれを傾けて中を満たし、凪へ差し出す。
「これ、白湯だから。酒ばっかりがきついなら、合間に飲んだら」
「ありがとうございます。……家康さん、何か優しいですね。最初はもっとツンとした人かなって思ってました」
「つん…が尖ってるって意味なら、十分つんとしてるでしょ。これで優しいと思えるなんて、あんたどんな家で育ったわけ。お人好しにも程がある」