第13章 再宴
数口飲んだ後、盃を膳の上へ戻した凪は自らの傍にも置かれていた銚子を手にし、それを軽く上げた。自分も注いで貰ったから、返盃しようというのだろう。自分は別に手酌でも何でも構わないと思っていた為、軽く目を瞠った家康は即座に確認するよう信長へ視線を向けた。
上座に悠然と座る信長は特に気にする事もなく、口角だけを緩く持ち上げた為、凪へ向き直った彼は空になっていた自らの盃を持ち、彼女へ差し出す。
両手を添えて丁寧な所作で銚子を傾ける凪の手は白く華奢だった。ゆっくりと清酒で満たされていく盃ではなく、銚子を持つ白い手へ意識を向けた家康は、この手が昨夜信長の命を救った事を思い起こした。
光秀の仕込んだ事とはいえ、とんでもなく危険な賭けであった事に違いはない。あの時、凪が酒に仕込まれていた毒に気付く事が出来なければ最悪の場合、光秀共々手打ちになってもおかしくはなかったのだ。
「……悪運の強い女」
「…ん?何か言いました?」
「別に」
ぽつりと口内で溢した音はどうやら宴の賑やかな喧騒に紛れて彼女には届かなかったらしい。盃を満たした後で銚子を置いた凪が不思議そうに問いかけて来るのを躱し、家康は盃へ口をつけた。
酒の味は変わらないが、隣に座した女には珍しく興味がある。
故に、話のついでだからと内心で自分自身に言い訳をしつつ、家康は片手で盃を手にしたまま、視線だけを凪へ向けた。
「そういえば光秀さんが昨日引き受けた護衛の件、俺も補佐として付く事になったから」
「家康さんが補佐ですか?…それは何というか、ご迷惑をおかけします…」
光秀だけでなく、家康にまで迷惑をかける形となったのか。そう考えたらしい凪は驚いた様子で居たが、すぐに申し訳なそうに眉尻を下げる。
「迷惑も何も、信長様の命令だから仕方ない。光秀さんは元々多忙な人だし、補佐の一人や二人付くのも当然だ」
「…そうですよね。睡眠時間の割合明らかにおかしいですもん…滋養強壮と疲労回復と眼精疲労回復の薬湯、一日三回飲ませたいくらいです」
「……まあ薬の味に文句を言わないのが、あの人の楽なところだよね。そう滅多に飲まないけど」