第13章 再宴
「光秀さんは?」
大きな猫目で見上げられ、光秀の双眸が僅かに見開かれる。男の反応を目の当たりにし、自らが一体何を発したのか今更になって気付いたらしく、じわりと目元に朱を散らして慌てた様子で両手を胸の前で誤魔化すよう振った。
「や、別に今のは変な意味じゃなく!なんて言うか、何処かなーって普通に思っただけで!…変な意味じゃなく!」
何故か同じ事を二回言った凪は、光秀の視線から逃れるよう、そそくさと自分の席となる家康の隣へ座る。
「お邪魔します…っ」
「どうぞ」
勢いのまま家康に挨拶すると、一瞬不思議そうな眼で見られるも、短い返答があって凪は内心安堵した。さすがにちょっとよく分からないタイミングで座ったかと思ったが、相手は特に気にかけていないらしい。
(……苛める前に逃げられたか)
赤く染まった目元に触れ、いつもの如く困り顔を見たかったものだが、逃げられてしまっては仕方ない。このまま追い掛けるのも芸がないかと思い至り、大人しく一度引いてひとまず凪が武将達に馴染めるよう様子を見る事にしたらしい。光秀は彼女の後ろを通る間際、ふわりと髪型を崩さぬよう柔らかく頭を撫ぜた。
「っ、もう…」
「好きに楽しめ。昨夜の分もあわせて、な」
文句ありげに軽く髪を押さえながら顔を上げた凪へ軽く笑ってみせた光秀はそれだけを告げて自らの定位置へと歩いて行った。ちなみに今回の席順は上座の信長と左右に秀吉と光秀、といった並びは変わらないが、政宗が秀吉の隣に座する三成の横にいる。よって凪と光秀は間に家康を挟む形で、一人分しか離れてはいない。
光秀は何処の席か、と無意識で訊いてしまった事を密かに後悔したのは凪だけの秘密である。
昨夜も途中から姿を見せた蘭丸は別間の家臣達や女中達の相手もしているらしく、あちこちを忙しそうに回って歩いていた。
(……こういう時って自分のお膳に手を付ける前に信長様とかにお酌して回った方がいいのかな。でも信長様の前には呼ばれないと行っちゃいけない気するし…)
会社での上司との飲み会では、女子社員は前半もっぱらお酌係だ。それを思えば城主たる信長へ真っ先にお酌に向かうべきなのだろうが、蘭丸が昨夜名乗りを挙げた際も伺いを立てていた。