第13章 再宴
白い肌へ差す甘やかな桃色の頬紅が、まるで好いた男を懸想しているかのような様に見えたから拭ってしまいたかった、などと。
(……やれやれ)
心の奥底で溢した深い嘆息は凪に知られる事はない。
差し出した手を抵抗無く小さな手が握り、しっかりと繋がれた様に歩みを進めながら、この姿の凪を他の男へ見せるのは少々惜しいと一瞬でも脳裏に過ぎらせてしまった事実などおくびにも出さず、二人は夕刻が近付く中で登城する為、御殿を後にしたのだった。
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安土城へ到着し、宴の会場となる昨日と同じ大広間へ凪と光秀が至ったのは薄っすら空が灰色を帯び始める暮六つ(18時)の頃であった。
まだ明るさ的に行灯の灯りを点ける必要もないが、大広間の奥は光が射し込む窓がない為、信長の座す上座側では既に橙色の灯りが灯されている。
昨日と同様、両端の襖はすべて開け放たれており、中央の広間には信長と武将達、左右それぞれの別間には家臣達が居並んでいて、既に酒宴を始めているようだ。
(…着いてしまった…!!)
先日とは異なり、一人で閉め切られた襖の前に立つのではなく、光秀と並んでこの場へと至った凪はやはり緊張しているのか、賑やかな喧騒が響いている襖の向こうにぴしりと身を固める。
ここに至るまでは他愛ない話をしていた為、あまり気にかけていなかったようだが、やはり初回のインパクトが強すぎたのだろう、強張った凪の横顔を視界の端に捉え、光秀は緩く笑った。
「そう緊張するな。今日は何も仕掛けていない」
「連続だったらさすがにちょっと心折れますよ…っ」
「その時は俺が慰めてやろう」
「何で仕掛けた張本人に慰められなきゃなんないんですか…」
光秀のいつもの軽口に言い返していると、普段の調子を幾分取り戻したらしい凪は吐息を漏らし、意を決した様子で短くよし、と呟く。
まるでこれから討ち入りにでも向かいそうな気合の入れ方に喉奥で笑いを溢し、ふと繋いだままであった手へ視線を落とした。
「ところで、これはこのままでいいのか?」
「これって………はっ!?」