第13章 再宴
次第に不安になって来たらしい凪が眉尻を下げながら自分の姿へ視線を落とした。
手持ち無沙汰に裾や帯を直す仕草を視界の端に捉え、一度瞼を閉ざした後で逸らした視線を正面に戻す。
「……いや、悪くはない。少々変わった化粧(けわい)だと思っただけだ」
「やっぱりこの時代だと変わってるように見えるんですね」
手放しで褒める事など出来なかった。
軽薄な言葉や揶揄、からかいなどであれば幾らでも喉奥から自然と溢れるというのに、今に限ってはどうにも凪へ気の利いた言葉ひとつ言ってやれる気がしない。
よもや自らにこんな一面があるとは、生きてきた中でそれなりの驚きである。
光秀の内心など分かる筈もない凪は、変わっていると言われる事は想定内であったのか、苦笑を零すと身を翻して襖を閉ざした。長い髪が動きに合わせてさらりと揺れ、晒された耳朶と横顔を目にし、眦(まなじり)の下がほんのり淡い桃色に染まっているのを視界に捉えれば、光秀はつい反射的に手を伸ばし、手の甲で彼女の淡い頬をくい、と軽く拭う。
「わっ!?」
小さく驚いた様子で声を上げ、光秀の方へ向き直った凪を他所に、彼はそのまま反対の頬も無言のまま軽く拭った。
光秀の白い手の甲に薄っすら淡い桃色が映る様を見て、凪が眉根を軽く寄せる。
「もう、急に何するんですか。濃いなら濃いって言ってくれれば馴染ませるのに。ちょっと待っててください」
頬を拭われたのはチークが濃かったからだと判断した凪が軽くむくれると、襖の向こうへ一度姿を消した。すぐに戻って来た彼女の手には濡れた白い布のようなもの───メイク落としが一枚握られており、光秀の手を取るとそれで表面を拭う。
ひんやりとした感触が手の甲へ広がり、同時に薄っすら付いていた桃色も消えて行く様を目にすると、凪は部屋にそれを捨てて来て顔を上げた。
「もう変なところは無いですか?」
「……ああ、程よく馴染んだな」
「じゃあ良かったです」
確認するよう問いかけて首を軽く傾げた凪を前に、光秀は小さく頷いた後、瞼を伏せて無難な言葉を紡ぐ。
今度こそ用意が完璧に出来ただろうと満足げな凪に伝えられる筈もない。