第13章 再宴
当然乱世では更に高い価値なのでは、と恐恐した凪に対し、光秀は自らの小指の付け根へ軽く唇を寄せ、家賃を貰うから問題ない、と笑って言ってのけた為、凪は実に複雑な気持ちで礼を言いつつ、新しく仕立てられた小袖等の一式をいただいたという訳だ。
化粧を終え、新しい小袖へ袖を通すとサイズ感もちょうど良く、薄手の反物を使用している為、思った程暑くもない。
両サイドの髪を一房残し、ハーフアップにした箇所に先日光秀から貰った真白な芙蓉の簪を挿して準備を終えたところで、閉ざした襖の向こうから光秀の声が掛かった。
「凪、支度は出来たか」
「あ、はい!ちょうど今出来たところです」
化粧台の鏡の前で小袖の裾や帯を確認し、ポーチを仕舞ってから鏡に掛けられていた布を被せた後、襖の前まで歩み、それを開く。正面に立つ光秀の姿を認め、顔を上げると微かに笑った。
「お待たせしました。もう大丈夫です」
七つ半(17時)とはいえ、この時期はまだ日が長い。
明るさを保った縁側から射し込む日差しを受け、襖の向こうから姿を見せた凪を横から照らせば、彼女の珍しい髪結いの上に飾られた真白な芙蓉がきらりと光った。
艷やかな黒髪が吹き込む縁側からの緩やかな風に揺れる。
顔を上げて微笑んで来た凪の立ち姿を目にし、僅かに双眸を瞠った光秀は、言葉も無いまま視線を縫い留められ、そこから数秒程動く事が出来ないでいた。
惹き寄せられたのは大きな猫目。強気な印象を与える黒々とした眸を縁取る長い睫毛が瞬きの度にふわりと震える様は、彼女の魅力をいっそう惹き立てていた。
ぱちりと瞬きしたそれに意識を戻すと、次いで視線が向かった先は…────。
「……光秀さん?どうかしました?」
何も言葉を発しない己を怪訝に思ったのだろう。
いつもよりもふっくりとして柔らかそうな艶と色を帯び、濡れた唇が光秀の名を呼べば、男は咄嗟に視線を横へずらした。
見立てた小袖や打ち掛けも凪の姿を良く惹き立てていて、摂津や先日の宴で目にした時とはまったく異なる、いっそう艷やかな女めいた姿に、一瞬見惚れてしまったなどとは言えまい。
「…あれ、もしかして変でした?私の時代だとこれでも割とナチュラル…いや、控えめな感じなんですけど…」