第13章 再宴
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乱世における鏡は、鉄を極限まで磨いたものか、あるいは南蛮貿易で入って来た硝子の片面を墨で黒く塗り潰したものを指す。
しかし硝子は貿易品である事から価値が高く、一般庶民達の間でもっぱら普及しているのは良くて鉄鏡か、あるいは汲んだ桶などの水面に映す形の水鏡であった。
光秀があつらえてくれた化粧台にも鏡が備え付けられており、それが硝子製のものだと知った時は鉄鏡よりもはっきりした映り具合に驚いたが、やはり現代のものには遠く及ばない。
とはいえ、化粧を施すならば細かい箇所へ手を入れる以外、硝子鏡で十分に事足りる為、凪はせっかくなので化粧台の前で現代からの持ち物である化粧ポーチを広げた。
ちなみに自分の手鏡を光秀へ見せたところ、その明瞭な映り具合に驚いたらしく、目を見開いていた様はなかなかに新鮮であった為、つい調子に乗って鏡越しに笑いを溢したら、些か眉根を寄せて鼻を軽くつままれたのは別の話である。
ポーチの中にメイク落としが入っていた事を確認し、ようやく満足の行く化粧が出来ると凪は早速下地から準備を始めた。
この時代の化粧も悪くはないが、やはり現代人の女性としたら慣れたメイクの仕方の方が自分の目にも馴染むし、合っているような気もする。
とはいえ、あまり濃すぎるのもどうかと思うので、今回来て行く事となった小袖と打ち掛けの色に合わせ、ほどほどに抑えるよう目元のラインをシャープめに引いた。
昨夜から日中まで、何も掛けられていなかった自室の衣桁(いこう)には一着の小袖がかけられている。
辻が花染めの秘色色(ひそくいろ)の反物には、裾や袂に幾つもの鞠にも似た花丸文が描かれていた。山吹色の帯と本紫の飾り組紐が傍にかけられており、衣桁の傍には綺麗に畳まれている杜若色(かきつばたいろ)の打ち掛けがある。
これ等一式は今夜の宴へ着て行く為に光秀が用意してくれたもので、八つ半を過ぎた頃、城下町の反物屋の遣いが直接御殿へ届けてくれたのだった。
衣食住を保証する、と言われていたが、現代でもそれなりの値が張る反物である。