第13章 再宴
どうやら譲る気のなさそうな彼女を見やり、やれやれと内心肩を竦めた光秀であったが、一度伏せた瞼を緩慢に覗かせた後で重箱の中身ではなく、凪自身へ視線を流し、笑みを深めた。
「そこまで言うなら、半分という事で手を打とう」
「え、何で私が追い詰められてる側みたいな言い方されてるんですか…!まあいいです、半分で手を打ちましょう」
いつの間にやら立場が逆転しているような気がしないでもないが、半分でも貰ってくれるというなら、それでいいかと納得し、凪は重箱を一度膝上に置いた後、大福を持ち上げて綺麗に半分に分けた。片側を重箱の中へ残し、もう半分を持ち上げた凪はそれを手渡そうと差し出す。
「どうぞ」
袂が机上の物に引っかからぬよう気遣いながら軽く片手で押さえ、手にした大福を光秀へ近付ければ、そのまま手首を軽く捉えられ軽く身を寄せた男によって口元へ運ばれた。
先程秀吉の前でやられた時と同様、睫毛を伏せてぱくりと凪の手から大福を食べた光秀は口内で大きさ故か、少し多めに咀嚼した後で呑み込む。
「ちょっと、光秀さん!また…っ!!」
仕上げとばかりに、やはり打ち粉が付いた凪の指先を紅い舌先で軽く舐め、掴んでいた手首を解放した光秀は自らの親指で唇を拭った後、伏せていた瞼を持ち上げ、満足げに笑った。
「貰って欲しいと言ったのはお前の方だろう」
「手から食べて、なんて言ってません…っ」
本日二度目となる舐められた片手を守るように身体の後ろへ回した凪を見て、手にしたままであった小筆を軽く上げてみせた光秀はわざとらしく緩く首を傾げる。
「生憎と両手が塞がっていたものでな」
「思いっきり片手で手首掴んでたじゃないですか!」
「おっと、これはうっかり」
微塵も悪びれた様子のない光秀に対し、文句を溢して盆を手にしつつさっさと背を向けて部屋へ戻っていった凪を見て、光秀は小さく肩を揺らした。
文机の前から縁側へ視線を投げれば、太陽の位置からしておよそ八つ刻といったところだろう。凪の手から食べた大福は、まあそれにちょうどいいものであったな、などと普段あまり考えないような事を過ぎらせ、光秀は再び意識を書簡へ戻したのだった。