第13章 再宴
秀吉も家臣達もまったく気にしてはいないだろうが、凪は存外そういった事を気に病む性質らしい。眉尻を下げた彼女へ小さく冗談めかして言えば、顔を上げて光秀の目を見た後、そっと凪が口元へ笑みを乗せる。
「じゃあそうします」
「わざと溢して酒を引っ掛けてやっても構わないぞ」
「そういう事はしません」
「それは残念だ。良い余興になるかと思ったんだがな」
喉奥でくつくつと笑う光秀を見て、幾分気が楽になったらしい凪は光秀の肩越しに視線を投げた。襖が開いたままになっていた凪の部屋は、飛び出した時の状態を保っていた為、座布団と湯呑み、それから蓋をされた重箱が置かれている。
大福はご褒美と言っていた為、そのまま置いていってくれたのだろう。とはいえ、つきたての餅は当然日持ちしない。そのままにしておくと確実に悪くなってしまうし、あの数を一人では食べ切れない。
考えた末、思い至ったかのように凪が光秀へ視線を戻す。
「いただいた大福、八瀬さんとか厨番の方達に渡しちゃ駄目ですか?多分その、絶対一人だと食べきれないですし」
「お前が貰ったものだ。お前の好きにするといい」
仕事を増やして迷惑をかけ、尚且心配をかけてしまったお詫びにお裾分けしても良いかという問いかけに、光秀は静かに微笑した。穏やかな調子で告げられたそれへようやく気が晴れた様子で笑った凪は、かさりと庭先の方から聞こえて来た微かな音に首を巡らせる。
「おや、久々に顔を見せたか」
「…ん?」
音の正体に光秀は気付いているらしく、池の傍の草むらからひょいと顔を覗かせた真っ白な生き物を視界に捉え、小さく呟いた。
同じく庭先へ視線を向けていた凪も目に入った白い生き物の存在へ意識を向け、光秀の胡座の間から抜け出し、張り出しの板間へ腰掛ける。
「ちまき、おいで」
尖った細い三角の耳に、たっぷりと毛を蓄えた尾、全身を包む真白な毛並みをふわふわと揺らし、ちまきと呼ばれた狐は人を怖がる事なく縁側に居る二人の元へ近付いて来た。
光秀の片手が伸ばされ、ちまきの頭をふんわりと撫ぜる。耳の裏側をくすぐる指先に、心地よさそうな雰囲気で目を細めた生き物の姿を前に、凪は小さく震えた。