第13章 再宴
摂津の宿で行われた、凪いわくお仕置きスタイルであるこの座り方は視線を落とせば正面で座るよりも近くに彼女をのぞむ事が出来る。
己の胸辺りにある凪の顔へ視線を向けた後、折った状態の膝が揃えて立ててある両足などを確認し、茶で濡れた様子がないか改めて確認した。
運良く熱い茶が掛かっていないようだと確認を終えた後、光秀はふと真摯な面持ちで金色の眼を眇める。
「何か【見た】のか」
確信の色を帯びているそれは当然の如く凪へ向けられた。
そもそもまったく関係なさそうな事であればその限りではないが、基本的には光秀に言う心づもりであった為、別段驚く事もなく、神妙な面持ちになった彼女が頷く。
無言の内に促され、先程廊下で【見た】光景を思い返しながら、凪は酷く曖昧な言葉を発した。
「うーん…雨の中で私が走ってて…何処かの森のお寺で人と会ってました」
「相手は誰だ」
「傘差してて顔が見えなかったんです」
「……ほう?」
元々【見る】ものは断片的だが、自分が主体となっているものであるのは珍しい。傘を差している人物の顔を見る前に途切れてしまった映像を思案げな面持ちで思い返している凪の顔を見下ろし、光秀もまた黙り込む。
(森にある寺など探せばいくらでも出て来る。時期が分からない以上、一つずつ潰す暇はないだろうな)
寺と言えば、正直八千の件もある為、あまり凪を近付けさせたくはない場所の一つだ。雨と森の寺と傘を差した何者か。
それ等を脳裏へしっかりと刻み込み、光秀は凪へ意識を戻した。
今回の件に関しては、見るからに危険な要素を孕んでいる訳ではなかった為、まだ凪は冷静なようである。自分が怪我をした光景を【見た】時のように不安げな面持ちを浮かべる結果にならなくて良かったと安堵する反面、別の懸念や落ち込みが見て取れ、片手で前髪の乱れを軽く直してやった。
「……何か色々バタバタさせちゃって申し訳ないです。光秀さんのお仕事の邪魔も結局しちゃったし」
「俺の事は気にするな。秀吉の事が気になるなら、宴の席で酌でも一度してやるといい。あのお人好しにはそれで十分だ」
意図的ではないにせよ、色々と騒ぎを起こしてしまった事をやはり凪は気に病んでいた。