第13章 再宴
八瀬へ片付けを命じた直後、おそらく申し訳無さからであろう、凪の肩が小さく揺れた。腕の中でその微かな振動を感じ、気にするなと後頭部を優しく撫ぜた後で秀吉を見上げる。
「そういう事だ。少し凪を休ませたい」
「ああ、わかった。もし気分が優れなくて今夜の宴を欠席するようなら、俺から信長様へ伝えておくが…」
「なに、夕刻までには調子も戻るだろう。万が一の折には遣いを出す」
光秀の意を汲んだ秀吉は承知したとばかりにひとつ頷き、凪の頭を優しく撫ぜた。顔を上げられない様子の彼女へ心配そうに眉尻を下げると、出来るだけ身体に障らぬよう柔らかな声を発する。
「それじゃ、ゆっくり休めよ。それから先に言っておくが、気に病まない事、いいな?」
騒ぎを起こしただけでなく、見送りすら満足に出来ない事へ申し訳無さを過ぎらせていた凪の心を見透かしたかの如く、秀吉が告げた。気遣いの込められた柔らかな念押しへは頷く他なく、光秀の腕の中で小さく頭を動かした凪へ満足げに口元を綻ばせると、気遣わしげな様子を見せつつも秀吉は光秀の御殿を後にしたのだった。
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廊下での騒ぎの後、八瀬が雑巾や桶などを取りに戻っている間に移動する為、凪が光秀の腕の中から逃れようとすると、思いの外強い拘束でそれを封じられた。
もうさすがに目は問題ないだろうと顔を上げた凪に構う事なく流れるような所作で彼女を横抱きにした光秀は、逃れる間も無く自室へと戻る。
下手に暴れると家臣達の注目を浴びかねないかと判断し、ひとまず大人しくしていた凪であったが、自室に着いても離す様子のない光秀により縁側へと連れていかれ、そこへ腰を下ろした男の、胡座の中心へ横向きに収まる形となった凪は開口一番問いかけた。
「何でこの体勢!?」
「不服か?」
「どうして逆に不服じゃないと思えるんです!?」
勢いのままに言い切られた凪の様子を見る限り、どうやら本当に問題はないらしい。廊下の件を気に病んでいた素振りを滲ませていたのが、光秀の行為によってすべて一気に吹き飛んでしまったらしく、彼は内心で微かに安堵した。