第13章 再宴
「────凪!」
鼓膜を揺さぶる声と共に、両手で顔を覆ったままの身体が広い胸へと抱き込まれる。鼻腔をくすぐる薫物の香りを感じ、その主を認識した途端、凪の身体からそっと力が抜けていった。
片膝のみを付いて屈み込み、後頭部へ片手を回しながら自らの胸へ押し付けるようにして華奢な身体を抱き込んだ光秀は、腕の中で弛緩する彼女へと内心吐息を漏らす。
傍らの八瀬や厨に居た家臣達、あるいは騒ぎを聞きつけた者達の案じる眼差しを一身に受けていた凪が、何も応える事なく顔を───目を覆っている様を目にすれば、何が起こったのかなど想像に易い。
「凪、どうした!?身体の具合でも悪いのか?」
光秀よりも僅かばかり遅れてこの場へやって来た秀吉も、廊下の状態と床へ座り込んだままの凪を目にし、案じるように眉根を寄せる。
腕の中で動こうとしない凪の様子を見る限り、まだ【目】の余韻が残っているのだろうか。屋内であれば眸の色が変わっている事を見て取るなど容易く、彼女がそれを警戒しているだろう事は光秀にも理解出来る。
安堵させるよう手のひらで背を優しく擦った後、彼女を案じている面々へ誤解させぬよう、おもむろに顔を上げた。
「……いや、時折こうして目眩に襲われる事があるらしい。しばらく安静にしていれば良くなる」
「そう、だったのか。かわいそうに…。まさか旅先でもこんな風に」
「ああ」
(そうなると、ますますこのお人好しの過保護が増しそうなものだが…今は仕方がないか)
凪へ向けられた意識を逸らし、部屋へ連れ帰らなければならない。ふと視線を投げれば床へ転がる湯呑みと割れたもう一つの湯呑みが映り込んだ。小袖の裾などを見る限り、茶が掛かった形跡はないが、この場から離れようかと思考を回すと、家臣達へ向けて光秀は顔を上げる。
「お前達も心配を掛けたな。仕事へ戻れ。八瀬、すまないが後を頼む」
「かしこまりました!破片を踏まないよう、お気を付けください」
戻れと命じられれば家臣達はそうする他ない。後ろ髪引かれるような雰囲気を醸し出しながらも、散って行く者達の中、一人佇んでいた八瀬へ片付けを頼めば、彼は元より心得ているとでも言わんばかりに頷く。