第13章 再宴
「結構話しして時間潰したつもりだったんだけど、そろそろ戻って大丈夫かな。あんまり遅いと迷ったのかってからかわれそうだし…」
ちなみに誰に、とは言うまでもない。
そっと内心で苦笑した凪が盆の中身を返してしまわぬよう気を付けつつ、静かに歩いていると、不意に襲い来る慣れた感覚にどくりと鼓動を跳ねさせた。
(…っ、ヤバい…!)
胸の奥で一度異様に跳ねたそれは、次第に早鐘を打って全身へ熱い感覚を送り出していく。
見開いた両の眸の奥が熱さを帯びていくのを自覚した凪が、ぐらりと傾く身体を支える事が出来ないままで壁際へ右肩を打ち付けた。
「…っ」
手にした盆の中身が揺れ、茶が少しばかり盆の上へ溢れた事にも気を回す暇などなくじわりと滲む視界の中、見開かれた凪の目が漆黒から深い青色へ光彩が変化していくのを自覚した刹那、壁へぶつかった時の鈍い音を聞いて厨から顔を覗かせた八瀬が案じるような声を上げる。
「凪様、どうかされましたか?どこかお加減でも…」
純粋に凪の身を案じてくれているのだろう、眉尻を下げたままで八瀬が厨から歩いて来るのを足音で捉え、色が変わってしまっている眸を見られる訳にはいかないと、咄嗟に膝を折って廊下の板間へ座り込んだ。
その拍子、手から滑り落ちた盆が板間へしたたかにぶつかり、湯呑みと共にけたたましい音を立てて転がる。
二つある湯呑みの内、一つが鈍い音を立てて割れ、熱い茶が廊下へと流れた。
「────…凪様!!?」
焦燥を帯びた八瀬の声がやけに遠くに響き、目を見られてしまわぬよう両手で顔を覆ったまま俯いた凪は、見開いた深い青色の眸に、映り込んだ【今】ではない映像に意識を向ける。
────降りしきる雨の中、傘も差さずに走る自分の姿が見える。焦燥に滲む面持ちのまま、泥が跳ねるのも気にせず駆けているのは何処かの暗い森の中だ。
誰かに追い掛けられている訳でもなく、自らの意思で向かっているらしい凪自身は、やがて何処かの廃寺へと辿り着く。
乱れた呼吸を整えながら、顔を上げた先。朱色の傘を差し、目元をそれで隠した【誰か】が、そっと口元へ弧を描いた…────