第13章 再宴
「…まあそう難しく考えるな。俺も常にあの娘と共に居れる訳ではない。明日は朝から凪を連れて登城する」
無意識の内に瞼を伏せていた秀吉を一瞥し、光秀は先程まで無表情でいた面持ちへ緩やかな微笑を乗せる。
何処か冷たさを思わせる男の面を視界へ入れ、秀吉が光秀の告げた言葉の意味を察すると、表情を改めた。
「まさか、昨日の宴の」
ほとんど確信を持った秀吉のそれを耳にし、視線だけを流した光秀は何も応える事なく瞼を伏せる。弧が刻まれたままの口元にはぬくもりがなく、どちらかといえば酷薄だ。
言葉や肯定の意がなくとも、それだけで光秀が言わんとしている事実が間違いのないものだと受け取った秀吉の渋面が深くなる。これに関しては正直、凪には聞かれたくも知られたくもない事実である事に違いはない。
「……あまり長く時間はかけるな。あいつ、鼻が利くんだろ?」
「お前に言われるまでもない」
短いやり取りを交わした後、果たして凪が茶を煎れに行ってどのくらい経っただろうかと思案しつつ、秀吉は乾いてしまわぬよう、ひとまず重箱の蓋を閉ざした。
然程刻が経ったわけでもないような気もするが、気を遣って戻って来る事が出来ないでいるなら、それは可哀想だ。
客人である自分が迎えに行くのも変かと思い、光秀へ声をかけさせようかと顔を男の方へ向けた瞬間、遠くの方で何かが割れる音や鈍い音などが響いた。
「────…凪様!!?」
遠くで聞こえた焦燥に滲む年若い男のそれは、部屋まで案内をしてくれた光秀の家臣のものである。
一体何事かと即座に腰を上げた秀吉よりも早く、視界の端で真白な袴が翻り、ばさりと音を立ててなびいた。
「お、おい!光秀…!?」
感情を窺わせぬ面持ちに真摯な色を帯びせ、秀吉の制止も聞かず走り出した光秀が帯刀して刀の柄へと手を置き、部屋を出て行く。一瞬出遅れた秀吉だったが、すぐに我へ返ると表情を改め、光秀を追うようにして部屋を後にしたのだった。