第13章 再宴
凪は気付かなかったようだが、張り替えられた障子や襖なども、信長に護衛を申し出て半日足らずで整えられるようなものではない。仮に急いで施工したとて、職人を総動員させておよそ三日程はかかるだろう。
秀吉の指摘に、光秀は顔色を一切変える事はなかった。
この男が護衛の任について何事か言って来る事は想定内であるし、言われたところで辞めるつもりもない。
涼しい顔をしている光秀相手に眉根を顰めた秀吉は、思わず膝の上に置いた拳を硬く握り締めながら静かな怒気を露わにした。
「見て見ぬ振り出来ないから訊いてんだろうが…っ。大体、凪は信長様が見初められた女だ。それを光秀、お前は勝手に…────」
「どのような経緯であれ、結果は結果だ。凪については信長様より一任されている。その意味が分からない訳ではないだろう」
秀吉の言葉を遮り、口元から笑みを消し去った光秀は淡々とした抑揚のない調子ではっきりと言い切る。秀吉と光秀の忠誠は、一見すれば近しいように見えて実際にはまったく似て非なるものと言わざるを得ない。
それを体現するかのような今回の一件に、秀吉は苦々しいものを呑み込み、押し黙った。
「……お前みたいな男が、ちゃんと面倒をみてやれんのか不安で仕方ねえ」
「知らなかったのか?俺は意外と面倒見は良い方だ。…無論、誰にでもそうだという訳でもないが」
「減らず口ばっか叩きやがって」
交わし合った視線の先、揶揄の色が覗いていない金色の眼をしばらく睨み据えていた秀吉だったが、男の様子が普段とは異なる様をここに至るまで幾つも目にしてしまっている身としては、これ以上何も言う事など出来ない。
いつものように腹の底が読めない、何を考えているのかも窺えない光秀だが、凪に対する態度だけは異なると昨日城門前での様子を目にした時から分かっていたのだから当然だ。
しかしそれでも、通さなければならない筋があるだろうと今回の話を持ち出したのだが、それすら目の前の男には有って無きものであったらしい。
この男の筋は、光秀の中でしか通せないものが数多ある。
時折、どうにも秀吉はそれが歯がゆく思えて仕方なかった。