第13章 再宴
「ちょっと待て、口の端に打ち粉がついてる。動かないでじっとしてろよ?」
「…え!?あの…っ」
柔らかい声色でとてつもなく自然に告げた秀吉が片手を伸ばし、親指の腹で凪の唇の端を軽く拭う。もう大丈夫だぞ、と言って爽やかに笑う男を前にして、口端に打ち粉が付いていた事も然り、それをいとも容易く拭われてしまった事も然り、凪の中で再び湧き上がる羞恥に目元が朱を散らす。
(なに、武将ってみんなこんな感じ!?)
「…あ、ありがとうございます…」
「ああ、気に入って貰えたみたいで良かった」
摂津の甘味処での一件といい、今回の件といい、武将という生き物はナチュラルにやり過ぎである。
辛うじて告げた礼は消え入りそうだった。顔を片手で扇ぎたい衝動に駆られつつ、一度茶を飲んで落ち着こうと片手を伸ばしかけた瞬間、足音もなくやって来たすらりとした影が畳の上へ映り込み、凪がつられるようにして顔を上げた矢先、伸ばされた腕が彼女の手首を捉える。
そうしてそのまま、白い指先につままれた残り一口分の大福を、凪の手から口元へ運んだ男が、指先に付着したままの打ち粉を紅い舌先でちろりと舐めた。
「────…!!?」
「お、おま…!光秀、何やって…!?」
言葉にならない凪の代わりに、その場でしっかりと第三者の立場から現場を目撃してしまった秀吉が驚愕の声を上げる。
一口分の大福を数度咀嚼したのち、嚥下した男───光秀は、特に粉がついているわけでもあるまいに、自らの上唇をぺろりと軽く舐めた後でただ一言告げた。
「…餅だな」
「それはそうでしょうとも…!?」
ふと我に返ったらしい凪は湯呑みへ伸ばしかけていた手を引き戻し、光秀によって指先を舐められた方の手を覆うように握り込んだ後で割と強めに突っ込む。
あまりの事で一瞬忘れかけていたが、先程の行為は勿論、それが秀吉のまさに目の前で行われてしまった事実に目元を鮮やかな色へ染めた。
思わぬ伏兵とでも言うべきか、先程まで文机の前で仕事に勤しんでいた筈の男が重箱の前へ胡座をかいて腰を下ろす姿を前にし、秀吉が眉間に皺を幾つも刻みながら握った片手を震わせる。