第13章 再宴
文机がある正面の襖が開いている為、光秀の部屋の来訪者の存在はそこからすぐに確認出来た。
昨日宴の場で会ったばかりの男───豊臣秀吉が、眉間に深々と皺を刻んで光秀に文句を言いつつ、敷居を跨ぎかけているところを目にし、つい凪が驚きの声を上げる。
「やれやれ、人の御殿を訪ねて来るなり早々、喧しい男だ」
凪の部屋の壁兼仕切りとなっている襖へ片手を掛けつつ、肩を竦めて瞼を伏せた光秀の溜息混じりな言葉に、二人の方を向いて驚きを示した秀吉の目が見開かれた。
秀吉の反応は至極まっとうなものであるといえよう。普通、未婚の男女は、こんな襖一枚だけを隔てた空間で過ごす事などありえない。
むしろ夫婦であってもそれぞれに部屋が与えられるものだというのに、この扱いは何事か。瞼を伏せて胡散臭い笑みを貼り付けている光秀へ顔を向け、客人である秀吉は更に眉間へ皺を深々と刻み、噛み付いた。
「……お前まさか、今後もこいつをこんなところに住まわせ続けるつもりじゃあないだろうな?大体、元はと言えばここはお前の寝室だろう!」
「ご明答、俺の部屋の構造まで理解しているとは恐れ入った。寝首をかかれないよう、今後は枕元に罠でも張っておくとしよう」
「ふざけるな、お前相手なら正々堂々拳でやり合うから問題無い」
「まったく…暑苦しい事この上ない。涼やかな風もお前の来訪と共に何処かへ去ってしまったらしい」
「風向きの問題だろうが…!」
(……うわあ)
割り込む隙の一切ない犬猿の仲二人の応酬は、城へ帰還した際も、軍議や宴の席でも目にしていたが、今日のはまた一段と過激である。
喧嘩する程、とはよく言ったものではあるが、果たして本当にそうなのだろうかと疑わざるを得ない程の剣幕を前に、意を決して凪は控えた声を発した。
「あ、あのー…豊臣さん」
文机の前で立ち上がり、おずおずと声をかけて来た凪に気付くと、我に返った秀吉は光秀から意識を彼女へ向き直し、ばつが悪そうな面持ちで眉尻を下げた。
「あー…悪い、凪。訪ねて早々驚かせたな…すまん」
「いえ、その辺りは全然。立ち話もなんですし、よければどうぞ。お茶ご用意しますよ」
「待て、凪」