第12章 家賃
光秀の唇が指先に触れた事でびくりと肩を跳ねさせた凪が、やはり反論するよう腕を引き戻そうとする。
しかし、さして強くもない拘束のまま掴まれた手はびくとも動かず、光秀は再び淡い桜色の爪先へ瞼を伏せたまま唇を寄せた。
「それがお前の悩んだ末に出した答えだというなら、俺はそれだけで十分嬉しい」
「……っ、」
睫毛を伏せたまま発せられた艶めいた低音が鼓膜を打ち、凪が短く息を呑む。
言葉の意味を反芻し、その瞬間に再び様々な感情や羞恥がこみ上げ、凪の目元が赤く染まった。どくどくと音を打ち鳴らす鼓動がやけにうるさいその中で、顔を俯かせたまま必死に言い募る。
「……それじゃ、なんかまるで」
まるで、自分が出した答えならば、どんな事でも構わないと言われているようではないか。
音にならない言葉の続きを呑み込み、唇が触れている指の先が熱を帯びて感覚が分からなくなりそうになる。
引き結ばれた凪の唇へ視線を向け、指先から軽く唇を離した光秀は金色の眼を彼女へ注ぎながら僅かにそれを眇めた。
「それより、お前の方こそいいのか?」
「…なにが、ですか」
揶揄にも似た声色に眉根を寄せ、いまだ消え去らぬ羞恥にむっとした表情を浮かべた凪が憮然と問い返せば、光秀は緩く肩を竦めて音を発する。
「それを家賃として捧げてしまえば、お前は今後も俺と褥を共にしなければならなくなる。…さて、変えるなら今の内だが」
試すような物言いをする光秀の眸が仄かな牽制の色を帯びた。
それを前にして、凪は僅かに目を見開き、やがて突き返すかのごとく告げる。
元はと言えば最初に口にしたのは自分であるし、それで光秀が休んでくれるようになるならば、目的は達したも同然だ。何より、試されるようにされて簡単に引き下がるなど、凪の性格を思えば無理な事である。
「大丈夫です。そもそも変な意味の無い普通の添い寝ですし、提案したのはこっちですから」
「…そうか」
引き下がる気のない様子で言い切った凪の双眸が真っ直ぐに注がれている様を前に、光秀は吐息と共に微かな笑いを一つ溢し、口元へ緩やかな弧を描いた。