第12章 家賃
「……どうしました?やっぱり疲れ、取れてません?」
光秀の反応を案じたらしい凪が僅かに眉尻を下げる。
やはり良い手ではなかったかと、今朝の機嫌が良さそうな様から一変、些か落ち込んだ様子の凪へ視線を巡らせ、口元を覆っていた片手を外し、そのまま彼女の頭を宥めるように、ぽん、と撫ぜた。
「…そうでもない。お前の隣はよく眠れる」
無意識の内に、凪を傍に置く事で安心感を得ているのかもしれない。そんな事は決して口にはしないが、朝から曇った表情をさせておくよりはましだと、笑みの中へそっと苦い感情を混ぜた。
光秀の双眸をしばらく見つめていた凪は、そのまま無言で視線を注ぎ、思案する。
眠れる、というのが果たして社交辞令であるのか、本当であるのかは分からないが、光秀を眠らせる口実の一つになるのではと考え、難しい面持ちを浮かべた。
ぐっと眉間が顰められ、何やら思案を巡らせているらしい凪を見やり、今度は果たして何を言い出すやらと光秀が見守る最中、結論付けた様子で凪がおもむろに言葉を発した。
「じゃあ…これを家賃の一つにしちゃ、駄目ですか」
「………お前の頭は朝から随分と愉快だな。どうなっているのか今度覗いてやるとしよう」
「覗けるわけないじゃないですか!もういいです!やっぱり別のにします…っ、そもそもこんな事で光秀さんが喜ぶ訳ないですし…!」
何処とない気まずさを感じさせたまま怒りを露わにした凪が顔を背ける。言葉の足りない彼女が伝えたい事など、光秀には十分に伝わっていた。
どんな形であれ、凪なりに口実を作って光秀の身体を定期的に休ませようと考えたのだろう。睡眠時間が少ない事をやけに主張して気にかけて来る凪の、まさに短絡的な思考の結果といえるそれに、つい喉奥で低く音を溢して笑った光秀はじわじわと染まって行く凪の片手を取り、指先を自らの唇へ導いてそこへ口付けた。
「勘違いするな、喜ぶか否かを決めるのはお前ではない」
「じゃあ当然喜ばない可能性だって…っ」
主に光秀を休ませる、といった様々な思惑があったとはいえ、自意識過剰とも取れる発言であった事は自覚しているのだろう。