第12章 家賃
凪に続いて上体を起こした光秀が顔にかかる長めの前髪を片手で軽くかき上げ、然程覚醒まで時間の掛からない思考を切り替える。
窓を開けていない為、今がどのくらいの刻限か判断がつかないが、確実に明六つ(6時)は過ぎている事だけは理解出来た。
片膝を立て、枕代わりにしていた手をぬくもりの残る褥へつきながら、体勢だけは何処か気怠げな様で身を起こしていた光秀が凪へ視線を流す。
「すまないが、窓を開けてくれないか」
「お庭の方のでいいですか?」
「ああ」
刻限を確認するのだろうと思い至り、凪が静かに褥から立ち上がった。白い光に彼女の淡く薄い色の寝間着が溶けていく。からりと微かな音を立てて窓を開けば、緩やかな風が室内へ入り込んで来て、寝起きの身体をそっと撫でていく様が心地よい。
窓の外が自分の位置から見えるようにと傍から離れた凪が褥の傍へ戻るのを端に捉えつつ、光秀は視線を投げて四角く切り取られたような青空を見やる。
(……五つより少し前、といったところか)
五つ、即ちこの時代で言う8時前といった刻限に、光秀は内心で呟きを落としながらも驚いていた。
気怠げな体勢のまま、空いた片手のひらで口元を覆うようにすると、窓から顔を背ける。そんな男の様子に気付かず、凪はただ首を傾げた。
「よく眠れました?ていうか、あれからちゃんとすぐに寝たんですよね?こっそり仕事してたら怒りますよ」
「……いや」
てっきり飄々とした言葉の数々が飛び出して来るかと思ったが、凪の予想に反して光秀から発せられたのは短い一言である。珍しく交わらない視線へますます怪訝そうな面持ちを浮かべた凪を他所に、光秀は湧き上がって来た何とも形容し難い感覚に内心で眉根を寄せた。
山城国の宿で一泊した際、自身の褥へ戻るのも面倒だからと、初めて戯れがてら凪と添い寝をしたあの夜に近しい感覚である事は、光秀自身も理解している。
凪が寝返りを打ち、尚且つ彼女の様子ではしばらく自分を見ていたのだろう、その視線にすら気付かぬままに深く寝入ってしまうとは。
凪の傍は良く眠れる。薄々と勘付いていた事ではあるが、まさかここまでとは、光秀自身とて気付けぬ事だった。