第12章 家賃
(また山城国の時みたいに急に目、開けたりして)
狸寝入りの線を完全に捨てきれないでいる凪は、いつでも目の前の男の瞼が持ち上がってもいいよう心持ちをしっかりしつつ、伏せられた長い睫毛をしばらく眺める。
光秀の性格を考えれば、油断した時にぱちりと目を開けて来るだろうからとしばらく逸らさぬまま、観察しても飽きない男の整った顔へ視線を注ぎ続けるが、まだ太陽が中天まで昇っていないこの時間の朝日は心地よく、二度寝をするには最適だ。
時間にすればおよそ十分程度のものであったが、次第にうつらうつらと再び眠気が襲って来たところで、ふとぼやけた視界の端に目の前の男が身じろいだのを見て取る。
(あ、起きた…!)
即座にぱっと目が覚め、何となく光秀よりも早く起きてその寝顔を鑑賞出来た事に優越感を覚えた凪の黒々とした眼が微かに輝く。
そんな彼女の様子を知らず、瞼の裏で感じる明るい光と隣に感じる気配へ意識を覚醒させた光秀はゆるりと睫毛を震わせ、瞼をそっと持ち上げた。
刹那、眩い朝日の白んだ光の中、艷やかな黒髪と漆黒の眸が目覚めの景色を鮮やかにさせる。真白な褥に横たわったまま流れる彼女の髪へ、誘われるように伸びた指先がさらりとそれを梳いた。
「おはようございます、光秀さん」
何処か楽しそうに笑った機嫌の良い凪の唇が穏やかに笑みを溢し、飾り気のない笑顔を捉えた男の鼓動が動き出す。決して早鐘を打つ訳ではないそれは、とても優しく静かに打ち鳴らされていた。
「……おはよう、今朝は随分と機嫌が良さそうだ」
「光秀さんより早起きだったので」
「…ほう?それで機嫌が良くなるとは、朝から短絡的な思考でなにより」
裏腹な言葉を投げかけてはいても、髪を梳く優しい手付きは変わらない。
機嫌が良い所為なのか、光秀の言葉へ特に噛み付く事もなく、その後、ゆっくりと凪が上体を起こし、自らも手櫛で軽く髪を整えている。
いつから起きていたのか、凪の意識は随分とはっきりしており、今しがた起きたといった印象がまるでなかった。体勢からして彼女は寝る前、襖の方を向いていた筈だ。端に行き過ぎないよう身体は光秀がそのまま引き寄せたものの、寝返りを打った気配などなかった気がする。