第12章 家賃
わかりきっている為、改めて確認する事でもないが、整った筋の通るすっきりとした鼻梁と薄い唇や輪郭など、すべてが計算し尽くされたかのような顔立ちは、端正以外に形容のしようがない。
もはや同じ人間であるのかすら疑わしいが、なんとも不平等な事に、天は人に二物も三物も与えてくれる場合が例外としてあるらしい。
光秀は白がよく似合う。
それは摂津へ向かう途中、川辺で休憩を取った時の、あのすらりとした後ろ姿を見た時からずっと思っていた事だ。
それは彼の色素が薄いからであるのか、あるいは別の要因でそのように感じてしまうからなのか、そこまでは凪にはまだ分からない事だったのだが。
着流しの白が際立つ男の姿を目にし、ふと自分の肩に掛けられたままであった羽織りの存在を思い出した。
夜中に出ていった時、光秀が自然な仕草で掛けてくれたそれは、やはりふんわりと光秀の薫物の香りがする。
(………摂津でのやり取りとかもそうだったけど、ああいうさり気ないところとか、きっと女の人にモテるんだろうな。…だから慣れてるんだと思うけど)
こうして傍に居て、光秀の事をほんの少しだけ理解したような気になっていた凪だったが、実際にはそうでもない。
分かるところは分かるし、そうでないところは相変わらず未知のままだ。
自分とて何もかもを曝け出すには抵抗がある。相手とて例外ではないのだろう。だから、知らない事が数多あっても当然だと納得する傍らで、小さな違和感が顔を覗かせる。
(……私、光秀さんの事が知りたいって思ってる?)
そう思った自分自身に、内心で驚いた。
何故なら凪は光秀の事を現実だと中途半端に捉えている反面で、どこか薄い硝子を一枚隔てているような感覚も同時に持ちながら相手を───否、この世界を見ている。
歴史上の偉人と現代人、その隔たりはどうあっても消える事はない。だというのに、何処かでは光秀の事を知りたいと思う感情が仄かに芽生えている。
その矛盾が静かに凪を戸惑わせていた。
(………やめよ、変に考えるとドツボに嵌りそう)
光秀を起こしてしまわぬよう気遣いながら、そっと細い溜息を漏らした凪は余計な思考をひとまず放棄して隣で静かな寝息を立て続ける男の顔を見つめた。