第12章 家賃
出入り口も当然、続き部屋であり光秀の自室となっているそこを隔てる仕切り用の襖しか存在しない為、日差しを取り込む事が出来るのは庭に面した側にある大きな窓と出入り口の襖の正面に当たる奥の壁の窓だけであった。
しかしながら大きめに作られている窓のお陰で日当たりは良好であり、心地よい朝の光が室内の畳を照らす様は清々しささえ感じられる。
横顔を照らす光が瞼の裏を刺激し、覚醒を促された事で伏せた睫毛を震わせた凪は、ゆるゆると睡眠の名残を見せつつも緩慢に目を開けた。
窓の外を見ていない為、今がどのくらいの時間であるのか分からなかったが、体感的に少し遅めの朝である印象だ。
摂津からの旅路を終えて帰還し、城に着いて早々の軍議、準備や支度に、騒ぎの起こった宴。
意識しないようにしてはいたものの、凪自身も結局は疲れていたらしい。夜半に光秀とやり取りしていた記憶が遠くにある事も手伝って、あれからそれなりに寝たのだろうと簡易的な推測をした。
そんな中、ふと隣にある気配を感じて凪はぎくりと静かに身を固める。
すっきりとした寝起きのお陰で忘れていたが、今褥に居るのは凪一人ではない。しっかりと隣に眠る男へ背を向けたままで寝入った彼女の体勢はそのままどうやら動いていなかったらしいが、どうにも首筋へかかる微かな吐息が気にかかる。
(…私、こんな布団の真ん中らへんで寝たっけ?)
眠る前に端へ再度寄ったような気がしたのだが、と内心首を捻りながら、凪は極力音を立てぬよう気遣いつつ、そっと寝返りを打った。
その瞬間、行きの山城国の宿で目にしたのと同じような光景が視界へ映り込み、凪は即座に振り返った事を後悔する羽目になる。
(目が…潰れる…!!)
無論精神的な意味で、だが。
振り返った先、凪の目の前へ映り込んだのは彼女の方を向いて横向きの体勢のまま、曲げた腕を頭の下へ敷いて枕代わりにしつつ静かに瞼を閉ざしている光秀の姿だった。
静かで穏やかな寝息が聞こえる辺り、いつぞやのように狸寝入りというわけではないのかもしれない。
窓から射し込む朝日に照らされた銀糸がきらきらと光り、伏せられた長い睫毛は静かに肌へ影を落としている。