第12章 家賃
もう少し身長が欲しかったとぼやきつつ、光秀の隣──より少し距離を空けた襖側の褥の端へ寝転がり、背を向けた状態で凪が枕へ頭を乗せた。
箱枕がどうにも慣れないらしく、寝心地悪そうに頭の位置を調整していた彼女の後頭部へ片手を伸ばし、ひと撫ぜする。
「今くらいが丁度良いだろう。こうしてすぐに頭を撫でられる」
「光秀さん身長高いんですから、誰でも撫でられますよ。豊臣さんだっていけそうです」
相変わらず背を向けた体勢のままでいる凪が、光秀の手によって髪を撫ぜられる感触に瞼を伏せ、ようやく落ち着いて来た心臓に内心で吐息を漏らしつつ、冗談めかして告げた。
暗闇の中で鼓膜を震わせる落ち着いた低音は耳に心地よく、摂津の宿でも軽い言葉を交わし合いながら眠っていた事を不意に思い出す。
色気にあてられた時は果たしてどうなるかと緊張し、急激に気恥ずかしさが押し寄せて来たが、光秀の香りと耳に馴染む声は酷く凪を安心させた。
「……それは勘弁願いたいところだ。ところで、凪」
髪を優しく梳かれる感触にそっと瞼を下ろしかけた時、彼女が告げた冗談に対して背後で苦笑した気配が伝わって来た後、潤った低音が名を呼ぶ。
「なんです────……わっ!?」
閉じかけた瞼を持ち上げ、軽く相手の方へ振り返りながら応えたと同時、伸ばされた男の腕が凪の腰を捉え、そのまま寝返りを打たせられるような形で光秀の方へ引き寄せられた。
なんとか落ち着けた箱枕から頭が滑り落ち、いつの間に伸ばされていたのか、褥に置かれていた筋張った光秀の片腕を枕代わりにするよう転がると、凪の身体は男の胸にすっぽり収まる。
「ちょ、ちょっと…!?」
ふわりと男の肌から直接薫物の香りが漂って来た気がして、凪の耳朶が熱を帯びた。隙間のない完全な添い寝の体勢は、顔を上げただけですぐに光秀の顔が視界に入り、視線を戻せば緩やかな白い着流しの合わせと、そこから覗く肌が見える。
(目線のやり場が何処にもない…!)
何処へ目をやっても漂う色香から逃れる事叶わず、せめて距離を取ろうと腕を胸へ突き立てようとするが、彼女の片手首はいとも容易く男の大きな手のひらによって封じられた。