第12章 家賃
微かに敷居と襖が擦れる音がして、部屋へ入った凪が襖を閉め切った事を音で悟り、そっと奥側の褥へ身を横たえさせた。
「どうした?早くおいで」
「…うっ、」
手を引いて歩いている途中からすっかり無言になった凪の心境はさておき、ここまで来たならと片肘を真っ白な褥へつき、片手で頭を支えた状態のまま、光秀が空いている方の手でとん、と自らの隣を示す。
小さく聞こえた音は果たしてどのような意図だったのか、吐息混じりに笑いを一つ落とし、意地悪を突き通す気になった光秀は頭を傾けた体勢でいる為、さらりと目元を零れた前髪の隙間から金色の眸を覗かせ、それを挑戦的に眇める。
「あの威勢は形ばかりか?」
ところで、真っ白な褥の中で薄い着流しをまとい、横になる光秀の姿はなかなか心臓に悪かった。いい加減夜目にも慣れた凪の視界にはぼんやりとした闇の中へ溶けるような銀色の髪と白い肌、真白な着流しが確かな輪郭を持ってそこに存在している。元々しなやかな体躯をしている男であったが、薄布の所為で余計にそれが際立ち、ただ横たわっているだけだというのに、けぶるような色気が漂っていた。
数多の女性が一瞬で虜になりそうな、危険な色香を恐らく無意識に放っているだろう光秀を前にして、凪の心臓がとんでもない音を立て、今更騒ぎ出す。
(今更なにドキドキしてるの自分!?意識したら負け、光秀さんを寝かせるのが優先ミッションなんだから…!意識したら駄目、絶対…!)
努めて冷静になろうと騒ぐ心の中を落ち着け、気付かれないよう一度顔を横へ背けた凪は、覚悟を固めて投げかけられていた揶揄へ首を振った。
「ち、違います…っ、寝る…寝ます…寝てやりますよ」
(変に意識したら絶対からかわれる!ここは眠るが勝ち…!)
言い切った凪が暗闇の中で百面相をしている事は、光秀にはしっかりと見えていたが、敢えてそこへは突っ込まず、笑いを殺しながら口元の笑みだけをそっと深める。
「寝る子は育つというからな。このおつむも寝て育てばいいんだが」
「…もう残念ながら成長期は終わりました。それからおつむは関係ないです……多分」