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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第12章 家賃



(お前を想う男をこうして夜に傍へ呼び寄せるとは、まったく…とんだ娘だな)

噛み潰すと広がる甘やかな蜜に似た感情は、後から苦味がじんわりと広がっていくようである。そんな男の思考など知らず、凪が今度は袖ではなく手を掴み、緩い力で促した。

「ほら、早く。あっという間に朝になっちゃいますよ」
「そう焦らずとも、俺は何処にも行かない。一人寝が寂しかったなら、素直にそう言えば良かったものを」

くい、と柔く引っ張られた白い手へ抵抗する事なく文机の前から立ち上がり、凪に手を握られたまま光秀は空いた片手で彼女の髪を撫ぜた。毛先へ這わせた長くしなやかな男の指がくるりと柔らかな黒髪を弄びながら視線を流せば、自らの髪を引き寄せた凪が文句ありげな顔で告げる。

「だからさっきも言いましたけど、違いますって…!」
「しー……」
「…!!」

先程の声量に比べれば然程大きくないにも関わらず、光秀は再び立てた人差し指を、今度は自身の唇へとあてがった。
御殿内で眠る家臣達は勿論、当番制であろう不寝番(ねずばん)の者達が警護している中、妙な音を立てて勘違いされるのは気まずい。
光秀の仕草につられ、片手で咄嗟に自らの口を覆った凪の姿を見て、男はつい喉奥から低い笑いを漏らす。その様に、口を覆ったままで眉根を顰めた彼女を他所に、先程まで先導される立場であったが、それを容易に逆転させると、今度は彼が凪の手を引く形で夜闇の中を歩き出した。

灯りを消し去った事により、元より闇へ呑まれていた周りの空気が一気に静寂へ塗り替えられる。炎が揺れるじりじりとした微細な音すら消え去り、聞こえて来るのは二人分の畳を踏み締める微かなそれだけだった。
元寝室、現凪の自室となった部屋の敷居を跨ぐと、光秀は静かに手を離す。

部屋へ置いていた調度品の種類が変わるだけで、部屋の印象はがらりと様変わりするようだ。窮屈な思いをさせぬようにと、新調させた褥は二人であっても余裕で眠れるだけの大きさであり、逆にここへ華奢な凪が一人で眠っていたのかと思うと、確かに心細さを感じてしまうような錯覚にも陥ってしまう。

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