第12章 家賃
本当に光秀を寝かせるつもりらしい凪が褥を探している様子を目にし、梳いていた黒髪から自らの手を引き戻した光秀は、そんな彼女をしばし見つめた後、つい興が乗って金色の眼に過ぎる悪戯の色を隠し、さも当然かの如く言い切った。
「ここには無い」
「…え?じゃあ別の部屋ですか?」
光秀のそれを疑う事もなく、不思議そうに双眸を瞬かせた凪は、確かに褥が収納されていそうな場所がない事を見て取り、近隣の部屋へ置かれているのかと思考を巡らせる。そんな彼女へ、光秀は闇の中でも映える白い指先を持ち上げ、そっと一点を指し示す。
「向こうだ」
「……ん?」
光秀が指していたのは紛れもなく、本日から凪の自室となった続き部屋であった。光秀が指し示す方向へつられるよう振り返り、しばし考えていたらしい凪が何事かの可能性を察知して勢いよく振り返る。
「ま、まさかあの部屋…!」
「元々向こうは俺の寝室だ。とはいえ用途はあまりなかったが」
「寝室の用途がない事がそもそも異常ですよ…!?」
しれっととんでもない事を言ってのけた光秀に対し、凪は一瞬今が夜半だという事も忘れて先程よりも少しばかり声を上げてしまった。それ程までに衝撃的だったのである。
もうこうなっては、自分の自室が元光秀の寝室であった事に驚くべきか、寝室の用途がないと言ってのけた男に驚くべきかが分からなくなり、驚愕に引きつる彼女の目元が険を帯びた。
思った通りの反応を見せてくれた凪に内心で笑みを溢しつつ、光秀は立てた人差し指をそっと彼女の淡い色をした唇へ近付ける。
「しー……分かっただろう?俺が休むには、お前と添い寝して寝る以外、方法がない」
(そんな馬鹿な…!?)
当然嘘八百を並べただけである。
しかし、やけに飄々と言ってのける光秀の姿が真実味を増させるのか、絶対嘘だなどと言い切る自信もなく、凪は絶句したままでしばし衝撃に揺らぐ思考を巡らせた。
(…いやでもな…用途があろうがなかろうが、私が光秀さんの寝室を奪ったのにはかわりないし…)