第12章 家賃
(廃城から運ばれた兵糧も、南蛮筒も何処かへ運ばれた痕跡が必ずある。越後の軍神が摂津に居た件も含め、つめるべきだな)
九兵衛からの報告書を折り畳み、火にそっとくべればじりじりと紙の端からゆっくりと焦げた痕が広がり、やがてつまんだそれを離せば黒い燃え屑となって燭台の上へ落ちる。
次いで机の端に乱雑に追いやっていた、ぐしゃりとした一通の文へ視線を流し、片手を口元へあてがってしばし思案した光秀はしかし、それはひとまず燃やさず、やはりぞんざいな扱いのまま引き出しの最下段へしまい込んだ。
やがてもう一通、端へ退けていた文を手にすれば、開いた瞬間に白檀の香りが漂い、視線で文面をなぞる。
内容をすべて読み終えた後、面白そうに眼を眇めた男の口元が緩やかな弧を描いた。
「……余興には少しばかり足りないが、それなりに面白い仕込みになりそうだ」
音を溢したと同時、鋭い刃のような金色の眸が闇の中で鈍く光る。すべてを読み終えた後で、先程の九兵衛の報告書と同じく、そこから薫る白檀の香をかき消すよう畳んだ文を火へくべた。やがて形を失くしたと同時、紙が燃えた後の鈍く焦げた香りだけを残し、白檀のそれを打ち消した光秀が次の書簡へ手を伸ばそうとした刹那、正面の襖が微かな音を立てて遠慮がちに細く開かれた。
「……光秀さん?」
声をかけた後、身体が半分隠れる程度にそっと襖を開けてこちらを窺っている凪は、白藤色(しらふじいろ)の薄い寝間着をまとい、髪を下ろした姿のままで眉尻を下げている。
両膝を畳へついているところを見ると、自分が置きている事に気付いて褥からそのまま出てきたのだろう。
「おいで、凪」
夜の闇に紛れるような低く囁く声で彼女を呼べば、凪は寝起きの所為であるのか、覚束ない足取りで緩慢に立ち上がると裸足のまま文机の前に座る光秀のすぐ隣へやって来た。
視線で促せば、素直にすとん、と横へ足を流す形に崩して座り、少ない灯りの中でぼんやりと橙色に照らされた男の顔を見つめる。
「どうした、一人寝は寂しかったか?」
揶揄混じりに睫毛を伏せて静かに告げた後、自らが羽織っていた羽織りを脱ぎ去り、そのままふわりと凪の肩へ掛けた。
片手で羽織りの衿部分を軽く握った凪は、光秀のそれへむっと眉根を寄せると憮然として言い返す。