第12章 家賃
家賃交渉を終えた後、一度部屋へ戻った凪へ湯浴みを勧め、彼女の後に自身も湯を使った後、宴ではまともに食事を摂れていなかっただろう凪を考慮し、二人で遅い夕餉を食した。
相変わらずな光秀の食べ方に凪が文句を言う事はなかったが、手付かずの焼き魚についてはひどく物言いたげな視線を寄越して来ていた為、素知らぬふりを通していたが、文句を言いながら結局凪が魚を解した事は記憶に新しい。
別に光秀としては食べずとも良かったが、一人の食事は味気ないかと考え、今晩は共に食したが、おそらくしばらくはそうもいかなくなるだろう。
簡易な着流しの上に羽織りを掛けた格好のまま、止めていた手を動かして襖から意識を逸らし、目の前に置かれた文を開いた。
夕餉を終えた頃、有崎城へ残して来た家臣の八瀬が早馬を飛ばして帰還して来た際、携えていたその文の差出人は、摂津隣国の廃城へ向かわせた九兵衛である。
今一度改める為、丁寧に折り畳まれたそれを開けば見慣れた書体で廃城に運ばれていた荷の行方が記されていた。
「……廃城の兵糧は一夜の内に跡形もなく消えていた、か」
清秀が徴収を指示していたらしい数多の兵糧は、何者かの手によって忽然と持ち去られてしまっていたという事実を前に、光秀の眸が思案の色を帯びて眇められる。
蔵に収められていたという南蛮筒と火薬といい、廃城の兵糧といい、すべてが一夜の内に消えたというのならば、軍議の場でも告げた事だが、方法など一つしかない。
(海路を利用したとなれば、あの男は船の融通が利く者と手を組んでいる事になる。日ノ本で造船技術が優れているとなると、海に近い地形…中国地方か、あるいは…)
中川清秀という男は己の益とならば、相手の義や善悪など関係なく手を組む。また、信長を廃しようと動く者達も、あの男が毒にも薬にもなる存在である事をよく知っているのだ。
(……一度組んだ相手とは二度組まない。今の清秀殿にとってそれは、瑣末事に過ぎないだろう)
凪へ贈られた錦木の簪が脳裏へ過ぎる。見えない蜘蛛の糸を張り巡らせるかの如く、物事を思い通りに動かして来る事は分かっている。だからこそ、それを先読みし、清秀の動きを押さえなければならない。