第12章 家賃
先程の一連のやり取りを思い起こし、軽く頭を抱えた彼女は心の中で声を上げた。
(光秀さんの喜ぶ事って、何!!?)
どうにも負けん気が強く、煽られるとつい勢い任せで物事を決めてしまう癖があるとは自覚していたが、何とも上手くそこを突かれたものである。光秀によって金銭的な面での家賃の話をすり替えられ、あまつさえ難易度の高い問題を提示された凪は既に答えの出ないそれに頭を抱えていた。
帰り道での護衛報酬の件とて、決死の覚悟でやったというのに、定期的に喜ぶ事をしなければならないとは何事か。
(…でも、衣食住の保証と天秤にかけたら、この時代では圧倒的な条件…っ)
伊達に信長の側近はやっていないという事だろう。女一人の面倒くらい光秀にとっては造作もない事のようだが、それにしたって取り敢えず稼ぎ口は必要だ。
家賃契約の件と、当面の生活費という問題を抱え、凪はそっと溜息を漏らす。
(ま、なるようになるか!当初の予定とはかなり違ったけど、城を出る事は出来たし、ひとまず残り三ヶ月乗り切ろう…!)
そもそも城を出るというのは、極力危ない事へ関わらないようにする為、といった意図でもあったのだが、今となってはあとのまつりだ。それでも形は違えど城を出る目標を達成したのだから良しとして思考を切り替えた凪はぐっと身体を解すようにして腕を伸ばす。
自分の性格からして、関わってしまった以上、何もかもを無視して過ごす事など出来はしないし、せめて現代へ帰るその時までは少しでも役に立てる事をしようと考え、凪は気合いを入れるよう、心の中でよし、と自らを鼓舞したのだった。
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草木も寝静まる夜半、八つ半(3時)と呼ばれる頃────。
障子側に置かれた行灯の灯りを落とし、文机の傍にある一つと手元を照らす灯りのみを点けた状態で目の前の文や書簡と向き合っていた光秀は、ある程度の振り分けを終えた後、視線を正面にある襖へと投げた。
静まり返った襖の向こう───凪の自室はとうに灯りが落とされていて、彼女はすっかり寝入っているだろう。