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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第3章 出立



(あの様…あまり気分の良いものではないな)

凪の表情は、渋面や顰め面などしかまともに見たことがないが、あの言い知れぬ恐れを抱いた不安げなものを浮かべているくらいならば、いっそ憮然としたものの方が良い。
大樹の幹に手を着いていない、反対の手を不意に持ち上げた。
果たして何をされるのかと、目の前の漆黒が揺らぐのを視界の端に捉え、光秀は節立った指先を細い顎へかける。

「そこまで口を割りたくないというのなら、いいだろう。お前の頑固さに免じて今回だけは見逃してやる。その代わり、次に何かが起こったなら、その時は包み隠さず俺に全て話せ」
「……え?」

軽く上を向かされ、間近に迫る光秀の視線とぶつかり合った凪が、虚をつかれた様子で小さく呟いた。
鼓膜へ注ぎ込まれる艶やかな低音が紡いだそれの意味を一瞬理解出来ず、疑念よりも呆気に取られたように眼を瞬かせる。
銀糸にも似た長めの前髪が凪の頬や鼻先を擽り、男の指先で捉えられたままであったその箇所が、ほんのりと熱を帯びたようだった。

「お前は間者の類ではないと俺にはっきり断言した。だが俺も言った筈だ。己の目で確かめる、とな。…隠し立てするようなら、その時はどんな手段を使ってでもお前の口を割らせる事としよう」
「なにそれ、どの道最終的には言わなきゃならない形になるじゃないですか…!」
「自ら口を開くか、俺に口を開かされるか。好きな方を選べるだけ幾らかマシというものだろう?」

それまで淡々としていた光秀の表情に、何処と無く加虐的な色が覗く。ほんの一瞬で消え去ったそれを、これだけ間近で見ている凪が気付かない筈もない。
動揺と理不尽さに、つい様々な懸念や恐怖を忘れて眉根を寄せ、顰めた色を隠しもしないまま噛み付けば、光秀は何故か愉しげに口角を持ち上げた。
親指の腹でゆっくりと下唇をなぞられ、その中心を軽く押される。翻弄される事がどこか悔しく、強ばりかそれ以外の理由だったのか、動く事の出来なかった身体が自然と動き、唇に触れる男の腕を軽く押しやった。

「どれだけ問いつめられても、説明が難しい以上言える事なんて限られてますから!ていうか、そろそろ出発しましょう。光秀さんと二人で野宿なんて絶対嫌です」
「俺はそれでもまったく構わないがな」

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