第12章 家賃
何も掛けられていない衣桁(いこう)と文机、棚、箪笥、小物入れに化粧台などが置かれた、光秀の部屋よりも一回り程小さい、しかし十分過ぎる程の広さを有するそこを前に、凪の目が思わず見開かれ、同時に隣へ立つ男へ向けられた。
「何で隣!?」
「不満か?」
(え、そういうレベルの問題なの!?)
思わず敬語も忘れて突っ込んだ凪を目にし、光秀は面白そうに双眸を眇め、包みを抱えたまま器用に腕を胸前で組みながら片手を自らの顎へとあてがう。
「……確か、何処でもいいと言っていたような気がしたが、どうやら俺の聞き間違いだったらしい」
「…言いましたけどっ。襖一枚隔てただけの空間にする必要あります?大体光秀さんだって、これじゃ気が休まらないんじゃ…」
別棟とまでは言わずとも、せめて壁一枚くらいは隔てたいところである。
文句と言うよりかは、光秀の事を案じているのだろう、少し思案げな面持ちになった凪の眉尻が僅かに下る様を認め、光秀は組んでいた腕を解き、片手を伸ばして彼女の頭を軽く撫ぜた。
「余計な心配は無用だ。この方が護衛をするのに都合も良い」
「…まあ、そういうものかもですけど…」
「それに、摂津ではむしろ日がな同じ部屋で過ごしていた事を忘れたか?」
(…確かに)
髪を整えるようにして指先で艷やかな黒髪の感触を楽しみつつ、光秀がもっともらしく言う。納得出来るような、あるいは出来ないような感覚に陥りながら言葉を濁せば、さながら駄目押しかのごとく告げられた。
「既に襖一枚すら隔てていない部屋で数日過ごした仲だ。……それに比べれば、この待遇は雲泥の差と言ってもいい筈だがな」
「うっ……」
そこまで言われるとぐうの音も出ないというものである。
既に同じ部屋で寝泊まりしているというのに、今更感が半端ない。ぐっと言葉に詰まった凪を見て悠然と笑んだ光秀の、いまだあやすように頭を撫で続ける手を腕で軽く押し退け、覚悟を決めたかの如く憮然とした面持ちのまま頷いた。
「…分かりました。確かに何処でもいいって言ったのは私ですし、お世話になる以上文句は言えません。…用意してくれて、ありがとうございます、光秀さん」