第12章 家賃
光秀の文机と思わしきその上には、溢れんばかりの文や書簡が積み上げられていた。どうやらそれ等は摂津へ行っていた間に溜まった彼の事務仕事といったものらしい。
(長期休暇明けのデスクみたいになってる…)
いつの時代にも社畜というものは存在するという事か。
交代制であった夏季休暇明けの自分のデスクを彷彿とさせるような光秀のそれに苦い表情をし、視線を逃れるように外した。
また眠らず、この灯りが少ない時代に深夜残業をするのかと思うと心配になる。
光秀にとっては別段慣れたものらしく、それどころか無表情のまま文机を眺め、今日はまだ少ない方だ、などと言い切るものだから、普段この人はどれだけ働いているのだろうとますます懸念が募った凪であった。
御殿の主の自室が分かったところで、過ぎる疑問に内心首を捻った凪が隣に居る光秀を見上げる。
「ところであの、ここが光秀さんのお部屋っていうのは分かったんですけど、私は何処で過ごせばいいんですか?居候みたいなものなんで、正直何処でもいいんですけど…」
「……ほう?何処でも」
ただでさえ忙しい中で護衛をして貰い、住まいまで世話をして貰っているのだから文句を言える立場ではない。
不思議そうに双眸を瞬かせる凪の言葉を聞き、光秀は瞼を伏せると口元に笑みを浮かべる。
そのままゆっくりと瞼を持ち上げて金色の眸を覗かせた後、隣に居る凪へゆるりと視線を流した。
「それを聞いて安心した」
(……んんっ!?)
嫌な予感がしたのだが気の所為だろうか。笑みが深まる光秀の口元から安堵の類いとは似ても似つかない音が聞こえた気がして、凪は眉をひくりと動かした。
部屋の襖を閉め、ちょうど文机から見て正面に位置する大きな仕切り代わりの襖へと向かった光秀は、そこでようやく繋いでいた手を離す。やがて彼は片手で静かに目の前のそれを開け放ち、凪へ顔を向けると、さも当然かの如く言った。
「ここがお前の部屋だ」
開かれた襖の向こうにも行灯の灯りが灯され、淡い光に室内が薄っすらと照らされている。