第12章 家賃
迷った時は家臣に訊くといい、と紡がれたそれへ素直に頷き、頭の中へ構造を叩き込んでいた凪はやがて、廊下を渡った先にある奥まった部屋の前で足を止めた光秀に倣い、立ち止まる。
「この奥が俺の部屋だ」
(…なんで光秀さんの部屋を先に案内されたんだろう?まあ、護衛なんだから居場所が分からないと大変だしね)
御殿の一番奥まった場所、と覚えておけば特に迷う事もない。
そこへ至るまでに書庫や厨、御手洗場や湯浴み場などを案内して貰っていたが、その道すがらに自分の部屋として案内された箇所がなかった。
光秀の部屋があるという奥の棟(むね)の中に何か別室でもあるのかと考え、襖を開けられた瞬間、ふわりとすっかり馴染みになってしまった薫物の香りが鼻腔をくすぐる。
(光秀さんの薫物の香りだ)
伽羅のように華やかではないが、落ち着いたその香りは隣に立つ男から常に香っているものと同じであり、部屋で薫物をしている分、むしろ匂いが強く感じたが嫌な感じはしなかった。
光秀の部屋は整然としていてあまり調度品が多くない。部屋を華美に飾る、といった事自体に興味がないのだろう、必要なものだけが置かれている、御殿の主の一室とは思えないようなシンプルな場所だった。
障子が閉め切られていた所為で外を望む事は出来なかったが、既に行灯には灯し油と共に灯りが点いており、家臣が予め準備してくれていたのだろう。
部屋にある幾つかの光源によって薄淡い橙色に染められた室内へ足を踏み入れた光秀に次いで、入室する。
「お邪魔します。…何か光秀さんっぽい部屋ですね。物の少なさとか特に」
「不要なものは置かない性質(たち)だ」
「そんな気がします。私もどちらかといえば機能重視派ですし……って、何ですか、あれ」
淡々と言ってのけた光秀に対して、彼らしいなと思いながら小さく笑い、改めてぐるりと室内を見回した時、視界に整然とした部屋にはまったく不釣り合いな光景が目に入り、思わず顔を引き攣らせた。
「……ん?ああ、あれか」
凪の視線の先を追い、自らもその先を見ると納得した様子で鷹揚に呟く。光秀にとっては日常的な光景だが、どうやら凪は違ったらしい。