第12章 家賃
こうしてからかうと時折凪は謎の負けん気を発揮して来ると知っていた光秀は、それで彼女の気を紛らわそうと考えたらしい。
戯れも程々にして、御殿で凪を休ませようと考えた光秀が彼女の手首をそっと解放したと同時、凪が両腕を伸ばして光秀の顔を捉えた。
ぐっと背伸びをすると捉えた光秀の顔を自らの方へ引き寄せ、そのまま右側の耳朶へ唇を寄せる。薄い桜色の唇から微かな吐息が零れ、男の鼓膜と肌を震わせた。仄かに背筋を甘く走るぞくりとした感覚に光秀が目を瞠った事など構わず、凪は柔い唇を耳朶の下へと軽く押し当てる。
「ん…っ」
耳にした事のない、小さな音が聴覚を刺激した。
吐息混じりの言葉にならない微かなそれの後、ちゅ、と愛らしい戯れのような唇と皮膚が触れ合う音を立て、そのまますぐに離れて行った凪の耳が、暗闇でも分かる程に紅い。
光秀の顔を捉えていた手が離れて、背伸びから普通の姿勢へ戻った凪がさすがに恥ずかしすぎて直視出来ないと言わんばかりに、顔を思い切り横へ背けた。
「これじゃ癒やされないとか、そういう文句は受け付けませんから…!」
なんて無防備な娘なのか。
正面ならばまだしも、こうして男の前で顔を背けてしまえば、髪をまとめ上げている所為で、その赤く熟れた耳朶が晒されてしまうというのに。
凪の唇が触れた耳朶の下、薄く白い皮膚が熱を帯びる。
かすめた吐息の後をなぞるよう、自らの長い指先で己の耳朶下を一度だけ撫ぜた後、光秀は口元を微かに綻ばせた。
そうして腕を下ろし、身を屈めて無防備な凪の真っ赤な耳朶へ唇を寄せ、さながら秘め事の如く低く囁き落とす。
「十分過ぎる報酬だ」
「…っ、」
鼓膜を刺激する低音には揶揄の中へ隠すよう、確かな甘さが含まれていた。
肩を跳ねさせた凪が振り返って文句を口にするよりも速く、光秀の指先が耳の縁をゆっくりとなぞり下げる。