第12章 家賃
月の灯りを受けた漆黒の眸が懸命に光秀の内心を覗き込もうと注がれる。どうあっても凪にだけは明かす事の出来ない心の内側を、きっと彼女は別の理由で案じているのだろう。
告げる事は出来ない。音にしてしまえば恐らく、凪を戸惑わせ、困らせてしまうだろう。
それでも、腹の底が見えないと長く共に居る連中にすら評される自分を理解しようと、面と向かって来る凪を───愛おしいと思わずにはいられなかった。
帰り道、繋いでいなかった片手に何かを思ったのは凪だけではない。空っぽの手のひらに包み込める華奢な感触を確かめたくて、光秀の指先が微かに動いた───けれど。
「……やっぱり、いいです」
溢された音には、日中に廊下で交わしていた【質問】の時に覗かせた仄かな淋しさが窺えた気がして、光秀の眼が微かに揺れる。毅然とした物怖じしない態度から、物言いたげに眉根を軽く寄せたものへと面持ちを変化させた凪の唇が引き結ばれれば、止めていた歩みを彼女がおもむろに再開させた。
光源の無い闇の中、少しでも距離が空けば如何に夜目が利くとしても姿を延々と捉え続ける事は難しい。地面と草履が擦れる微かな音と共に、凪が立ち止まったままである光秀を残し、華奢な背を貫庭玉(ぬばたま)の闇へ溶けさせる様へ、男の腕が反射的に伸ばされた。
「っ!?」
言葉はなく、ただ手首を掴んで闇の中から引き摺り出すよう自らの方へ引き寄せた光秀は、驚き振り返る凪の身体を掴んだ片手で抱き締める。一度背へ回した腕はそのまま優しく細腰へと添えられ、硬い胸板へ横顔を埋める形になった彼女が目を白黒させているにも関わらず、漆黒の髪へと唇を寄せた。
抱き込んだ刹那、凪の打ち掛けや髪からふんわりと伽羅香が薫る。凪自身の柔らかな香りを打ち消すそれに寄せた眉根は、相手へ知られる事はない。
背に回した時よりも強制力のない拘束はすぐに緩み、胸板へ顔を預けていた凪が眉根を寄せて光秀を見上げて来る。
「…もうっ、急にびっくりするじゃないですか!大体光秀さん、さっき…────」
「……お前に心配を掛けさせるつもりはなかったが、どうやら自分で思っていた以上に、俺も疲れていたらしい」
「…え?」