第12章 家賃
有崎城下付近の森とは違い、月明かりを遮るものがない為、満ち欠けが少ない日であれば、割と月明かりが届けられるものの、やはり圧倒的な暗闇の前には心もとなさが際立つ。
光秀の隣を歩きながら、凪はふと光秀の横顔を見上げた。並んで歩いているにも関わらず、二人が手を繋いでいないのは珍しい。いや、断じて手を繋ぎたいと思っているわけでもなかったが、何となく空いた片手に違和感を覚えて、彼女はそっと拳を握り締める。
(…いやだから、そもそも手繋ぎまくってる方が可笑しいんだって。恋人でも何でもないし、ましてもう【芙蓉】でもないんだから)
今の状態が一般的に考えれば普通であり、二人はもう【裏切り者】と【隠し女】ではない。
そうなると、今の自分と光秀の関係とは一体どんな言葉が当てはまるのだろう。
(護衛と護衛対象?…それとも家主と居候?)
どれも当てはまっていて、別に間違ったものではない筈だが、どうにも釈然としない。何かがあれば自然と手を繋ぎ、困っていたら助けて手を差し出してくれる。彼の根底が優しい事と、女性の扱いに慣れたひとつひとつの所作を思えば、凪の中でますます答えが出なくなって、その内思考を放り投げた。
(どんな関係だろうと、【現代人】と【歴史上の偉人】には変わりないよね)
そう簡潔に結論付けて、凪はただ静かに道を歩く。
やはり凪の歩調に合わせて歩いてくれている光秀はしかし、安土城を、否、天主を後にしてから口数が少ない。
元々多弁過ぎる程の多弁でもないが、他愛ない会話を交わす事くらいは当然あった。凪から話しかければ応えてこそくれるものの、会話が途切れると静寂が二人の間に流れる空気を支配する。
沈黙が苦しいといった事は光秀相手では特に思った事などないが、妙な違和感を覚えたのは確かだった。
「光秀さん」
「…ん?」
短く呼びかけると光秀はいつもの調子で相槌を打つ。
凪のバッグが包まれたそれを片手に持ってくれている光秀が彼女へ顔を向けた。日中よりは幾分冷えた生ぬるい風によって彼の銀糸がふわりとなびく。前髪が揺れた事で目元へ落ちた影の中、金色の眼が自身へ注がれる様を目にし、つい足を止めて片手を伸ばした凪は長い前髪を軽く指先で横へ流した。