第12章 家賃
凪の説明を受け、光秀の表情が僅かに動く。微細な変化は隣に居て思案気味な凪に気付かれる事はなかったが、正面で視界の端へと捉えていた信長は察知しただろう。
慧眼と主君へ告げたのは光秀自身だが、まさにその通り、光秀の主たる男はいかなる時も抜け目がなく、洞察力や観察眼が抜きん出て秀でている。
「…そうかもしれません。現に私が強制的に飛ばされてしまってますから。ただ、もしそのワームホールが開くなら、最初にこの時代へ来た本能寺だと思います。私が現代からこっちへ来た時に居たのも同じ場所だったので」
既に現代の本能寺は跡地としての石碑が立っているだけだが、それは敢えて伏せておいた。同じ場所が異常現象の起点になっているという凪の主張を納得した様子で聞いていた信長は、片手を口元へ覆うようにしてあてがいながら伏目気味に黙り込んだ後、手を離して真っ直ぐに凪を見つめる。
「貴様が元の時代へ戻れるか否かは【わーむほーる】の発生がいつになるかが鍵となる、か」
「はい、多分そうなると思います」
神妙な面持ちで話す凪と信長の話がまとまったところで、光秀は最後の報告となる、ある意味最も重要な事柄を静かに語った。それは即ち、凪の持つ【目】の話である。
摂津で凪から聞いた事をまとめて語り、足りない箇所は凪本人に補わせる形で説明を終えると、信長は最初こそ驚いてはいたものの、すべてを聞き終えた後には肩を揺らして喉奥から低い笑いを溢した。
「鼻の利きといい、不可思議な【目】といい…五百年後の世からやって来た事といい…凪、貴様は本当に面白い女だな」
「…鼻は強調されるとちょっと恥ずかしいんですが…」
そこは女心というものである。可笑しそうに笑う信長を前にして複雑そうに眉尻を下げる凪を他所に、信長はふと笑いを治めて彼女を見据える。それから光秀へ一度視線を投げた後、二人へ悠然と告げた。
「凪、万が一の事があれば都度光秀へ報告しろ。貴様についてはこやつに一任してある。だが、もし光秀が居なければ俺の元まで報告に来い。良いな?」
「分かりました」