第12章 家賃
最初はバッグの材質そのものへ興味を示していた信長であったが、ショルダーバッグの肩紐部分とバッグ本体を繋げる金色の金具部分へ興味を移し、湾曲した部分を親指で軽くなぞりながら小さく呟きを漏らした。
突如目の前に持ち出された未知なる品を映す緋色の眼には、先程まで見せていた色気の影など微塵も見えず、ただ子供のように純粋な興味だけが映っている。
(……なんか、ちょっと可愛い)
先程までの様子から一変した信長は、凪には何となく可愛く映ってしまった。おそらくギャップ萌えというやつである。
「中には何が入っている?」
端的に問われ、光秀の視線が凪へ窺うように向けられた。バッグを見せたという事は、山城国で五百年後の未来からやって来たという事実を伝えた時に言われていた通り、信長へもその旨を説明するつもりなのだろう。
「今開けますね」
特に見られて困るものなど入っていない為、バッグのファスナーへ手をかけようとした刹那、とある物の存在を思い出し、ぴたりと動きを止めた。
(しまった!『フランクに紹介する有名戦国武将・安土桃山編』!!!)
友人に貸して貰ったその本の存在を思い出し、凪は内心で冷や汗を垂らす。武将の簡易的な説明と巻末付録として領土図、役に立つかもしれない戦国時代用語集、更に各武将のページにはかなりふざけたタッチで描かれた似顔絵が載っているその本を、安土桃山時代代表格クラスの二人の前で堂々と晒すわけにはいかない。
幸い印字されているフォントは女子高生が使うような丸文字なので、あの達筆な綴り文字を扱うこの時代の人々が解読出来るとは到底思えないが、絵は別である。
(だってあの絵とこの人達の顔、全然違う…!!)
本人達が後世に己の顔があんなゆるキャラのようにふざけた形で伝わっているなどと勘違いしたら大問題だ。プライドも尊厳もへったくれもない。
困った様子の凪は即座に脳内で上手い言い訳を考え、困ったような面持ちで必死に信長の目を見て訴えかけた。
「あの、信長様。中身はお見せして全然いいんですが、一冊だけ私の日記が入ってるので…それはちょっと恥ずかしいので、お見せしなくてもいいですか?」
「貴様の日記だと…?」