第11章 術計の宴 後
「────…私、何も傷付いてませんよ」
漆黒の眸が光秀へ真っ直ぐに注がれた。はっきりと伝えられた言葉に偽りの影など見えず、あるがままを目の前の男へ伝えている。
「光秀さんが私の為にやってくれたって、ちゃんと分かってます。実際に私が出来る事を皆の前で見せる形にして、居場所を作ってくれようとしたんですよね」
「…………」
凪のそれに対し、光秀は何も応えなかった。応えない事が肯定であり、しかし彼にとって凪に対しては理由付けをしたくないとも思っている最たる事柄でもあった。
彼女はこの安土城に居場所が無い。
当然の事だ。光秀自身ですら摂津への旅路の途中まで、疑いを抱いていたのだから。
しかし、旅先で目にした様々な凪の本質を知った自分とは異なり、城の面々は機会がなければ窺い知る事も出来ない。
信長に気に入られている以上、凪は城に留まる事になるであろうし、仮に護衛を任ぜられた光秀の御殿に連れ帰ったところで、結局は安土へ腰を据える事に違いはないのだ。
だからこそ、彼女を見る周りの目を変え、彼女という存在を確立させてやりたかった。
例え、どんなやり方であっても、それが彼女を傷付ける結果となっても、自分が凪から誤解を受けたとしても。
「……呑気なお前らしい、随分と都合の良い解釈の仕方だ。俺は単にお前を利用し、紛れ込んでいた間諜を公然と暴いただけの事」
「嘘つき。そういうの、悪い癖ですね」
淡々とした光秀の言葉を即座に否定した凪の目は逸らされる事がない。何もかもを見透かすような漆黒の眸の奥が、ふと淋しげに揺れる。
それは日中、【質問】を交わしている時に一瞬見せたものと似ていたような気がしたが、少し違った。
「自分を悪く見せようとして、わざとそう言うのは止めてください。やり方だって…私の為とは分かっていても、好きじゃない」
「……凪」
凪の眸は、光秀の心を思いやって揺れている。
ゆっくりと光秀の両頬を包んでいた指先が離れて行き、背伸びしていた凪が姿勢を戻す事によって二人の間に小さい物理的な距離が生じた。