第11章 術計の宴 後
(……嗅覚と薬草の事だな。【目】と未来から来たって事は他の武将も居るから、言わないんだろうけど)
「…信長様の先見性には尊崇するばかりです」
光秀が口にした事の意味を察している信長に声を掛けられ、咄嗟に背筋を伸ばして凪が返事をすれば、光秀は少しの沈黙の後でただ静かに信長へ畏敬を示した。
「何を今更白々しく言ってやがる…!お前ならこんなやり方じゃなくて、もっと他にやりようがあっただろうが…っ」
凪と光秀、信長のやり取りをそれまで黙って見守っていた秀吉が怒りを露わにした音が空間を裂く。信長の手前、それでも堪えているのだろう、低く押し殺した声色に目を瞬かせた凪を視界の端に捉え、彼女へ膝を向けた秀吉は両の拳を握りながら背筋を伸ばし潔く頭を下げた。
「凪、すまなかった。…俺はお前を誤解してた。だが、今日の一件で、お前が芯の強い真面目な女なんだって事がよく分かった。改めて織田軍の一員としてよろしく頼む」
「え、あ…豊臣さん、謝ってもらわなくても大丈夫です。頭を上げてください。普通突然変な奴が現れたら警戒すると思うし…当然の反応だなとは思ってたので…こちらこそ、あの…よろしくお願いします」
言い訳を一切口にする事なく、事実だけをはっきりと述べた秀吉のそれはいっそ清々しい。目を伏せていまだ頭を下げた状態の秀吉を前に、凪は焦った様子で首を左右に振る。
秀吉の眼光は最初に安土へ訪れた時からかなり鋭いものであり、それを向けられるだけで身が竦むような思いだったのは事実だが、凪とて彼がそうする理由が分からなかったわけではない。
信長を守る側近として当然の対応をしていただけの事だと、ちゃんと理解はしていた。
おずおずとした様子でよろしくと改めて挨拶をした凪の言葉を耳にし、秀吉はそっと瞼を持ち上げると体勢を直してから、人好きのする柔らかな笑顔を浮かべる。
およそ初めて目にする秀吉の明るい表情を前にして、凪は内心で驚きを漏らした。光秀相手に対する厳しい表情か、あるいは自分にこれまで向けられていた見定めるような表情しか知らなかったのだから当然である。