第11章 術計の宴 後
ぱんっ、と乾いた高音が広間一帯へと響き渡り、事態を見守っていた面々が信長を注視する。
ひりついた空気感から仄かな畏怖すら含んだ強張りの満ちる空間を、さながら一転させるかの如く信長が朗々とした声で告げた。
「構わん、なかなかに面白い余興であった。…今宵はこれにて解散とし、明日改めて席を設ける事とする。良いな、貴様ら」
「はっ、仰せの通りに…!」
捕物の後で長々酒を酌み交わす訳にもいかず、お開きとする旨を告げた信長に対して、最も早く反応を示したのは秀吉である。膝をつき、低頭した様子で述べた男に続き、武将達や家臣達全員が同意を示した。
慌てて凪もそれらに倣うべきかと思い、身を動かそうとしたが、信長が片手で彼女の動きを制する。
何故自分がそのように制されたのか理由が分からず、首を傾げた凪を横目に見やり、信長は家臣達へ向ける威厳を崩さぬまま、しかしその飾らぬ彼女の様子へ、小さく笑ったのだった。
───────────…
かくして、光秀が企てた術計の宴は間諜の捕縛といった形で幕を下ろした。
家臣達は広間から全員立ち去り、女中達が膳を引き上げてその場を片付けた後、開かれていた両端の襖が閉め切られると、軍議の時と同じような様へと戻り、凪は小さく息を漏らした。
誰に言われるでもなく、大広間に残っていたのは凪を除けば武将達と蘭丸、信長のみであり、少し前までの喧騒とは比べ物にならない重々しい沈黙が横たわる。
───否、重々しい沈黙が落ちているように見えるのは、涼しい顔をして自らの席へ戻った光秀と、その彼を厳しい眼差しで睨み据えている秀吉の所為と言っても過言ではなかった。
「……おい、光秀。お前…っ」
「信長様、軍議の場で凪について報告を失念していた事がございましたが、もはやその説明は不要となってしまったようです。申し訳ございません」
光秀に対して秀吉が怒気の滲む声を震わせたところで、遮るかのように言葉を重ねた光秀が信長へ視線を一度向けると、瞼を伏せて軽く頭を下げる。
「ああ、そのようだな。愉快な特技を持った女を拾ったものだ。縁起物として傍に置くだけでは些か勿体ない。凪、これからも俺によく仕え、役に立て」
「は、はい…!」