第11章 術計の宴 後
「まあ、隠し立てする事でもないと、わざわざ聞こえるように話してやっていたんだが」
「………相変わらず性格悪いですね、光秀さん」
(……確かに)
言い募る女へ笑みを崩さぬまま言い切った光秀に対し、小さくぼそりと呟きを落とした家康へ、大方の事情を把握した為、その場を見守っていた凪は内心でつい賛同した。
「やっぱりその人、何処かの間諜だったんだ。どうりで怪しいなあって思ってたんだよね」
その時、光秀の言葉と共に追い打ちをかけるよう、その場の空気にそぐわない明るい声が響き、視線が光秀の横へと逸れる。光秀の横へ静かに控えていた蘭丸は、鋭い眼差しで睨みをきかせて来た女中の視線に怯む事なく、常よりも幾分低い声色で音を紡いだ。
「お千代様から、その人を見張れって言われて今日一日ずっと後をつけさせて貰ってたけど…凪様の部屋を不自然に窺ってたり、廊下でこそこそしたり…お銚子の中に何かを入れたり…色々してたから、もしかしてそうなのかなあって」
「…いや、それどう考えても黒でしかないでしょ」
声色は低いままでも、のんびりとした口調の蘭丸に対し家康が再び溜息を漏らしながら突っ込みを入れる。
様々な言葉を投げかけられ、もはや完全に自らの不利を悟ったのか、顔を真っ赤に染め上げた女中が憎々しげに光秀を一瞥し、懐へと片手を差し入れ、そのまま身を起こした。
「おのれ…!!」
「…!!?」
怨嗟のこもった低い声を発し、流れるような所作で立ち上がった女の手には懐刀が握られており、それを両手で持ったままで凪へと肉薄する。
武将達全員が膝を立てて飛び出そうとした間際、上座に座した信長だけが微動だにする事なく頬杖をつきつつ吐息を漏らして短く笑った。
その瞬間、横から飛んで来た何かがしたたかに女の手へ当たり、鋭い痛みに刀を取り落した隙を見逃さず、白い袴が凪の目の前でふわりと揺れる。
「もはや、余興はこれまで」
からん、と乾いた音を立てて転がったのは光秀が手に弄んでいた空の盃だ。畳へ落ちた刀をすぐさま秀吉が回収し、兵を呼ぶ鋭い声が響き渡る。
その中で、幾度も目にした真白な姿が凪を守るようにして立ちはだかり、片手を押さえてうずくまる女を見下ろしていた。