第11章 術計の宴 後
「凪」
「はい」
一言名を呼ばれた凪は顔を隣に居る信長へと向け、短く返事をした。横から注がれる緋色の眼差しは思考の底が読めず、萎縮してしまいそうな他とは一線を画する威圧感や威厳がある。けれど、ここで押し負けてしまってはいけないと、強い眼差しで信長を見返せば、男はほんの僅かだけ口元へ笑みを乗せた。
(…え?)
「何故、酒に毒が盛られていたと気付いた」
「それは…」
「凪様がわたくしに指示をしたからに決まっておりましょう!」
ふとした疑問を拾い上げる間もなく、問われた事へひとまず答えようとした瞬間、女中が思わず顔を上げて非難めいた声を上げる。しかし発言を許されていない女の無礼とも言えるそれを、右腕が許す筈がない。
「黙れ!信長様は今、凪に問いを投げかけておられる。…凪、続きを」
「は、はい…!毒に気付いたのは匂いです。昼間千代と酒倉に行った時、下働きの人に献上されたお酒を見せてもらったんですが、その時は凄く甘くて良い匂いがしました。…でも、注いだ盃のお酒は匂いが違ったんです」
「……まさか、鈴蘭毒の匂いを嗅ぎ取ったって事?」
女を一喝した秀吉に促されて凪が説明をした後、それまで一切の沈黙を貫いていた家康が驚いた様子で眼を見開き、真っ直ぐに凪を見つめていた。
気圧されるようにして頷いた彼女を前に、家康は思案する様子で片手を顎へとあてがい、視線を俯かせる。
「確かに鈴蘭は独特な香りがします。花や葉、茎も毒性が強くて、鈴蘭を活けていた花瓶の水を誤飲して命を落とした例もある。…その女の言う事が本当なら、危ないところでしたね」
家康へ同意するよう頷いた凪は、重なっていく幾つもの言葉と女中の態度、そして口出しする様子のない光秀について思考を巡らせていた。
匂いと毒、あるいは薬草の類いは凪が光秀へ身をもって明かした特技であり、彼は軍議の際、それを一切口にしていない。まるでお膳立てのように組み込まれた一連の流れには違和感を禁じえず、彼女は事件が起こってから初めて、光秀へと視線を向けた。
───光秀様のなさる事を、どうか誤解なさいませぬよう。
昼間に紡がれたお千代の言葉を思い起こし、辿り着いた答えに息を呑む。
(…まさか、これは)