第11章 術計の宴 後
金色の眼の奥には、読み取る事の出来ぬ様々な感情が秘められている気がして、政宗は内心で感嘆の息を漏らす。
明智光秀という男は、織田軍の中でも腹の底が最も読めないとして名が知れ渡る程の存在だ。
味方側にすらそういった意味では憶測と共に畏怖を抱かれているこの男が、その目に種類は分からないにせよ、何かの感情を宿す様はなかなかに珍しく、政宗の好奇心をくすぐる。まあ、それに気付けているものなど、信長を始めとした極一部の人間のみなのだろうが。
その原因が、突如として現れた女だというのだから、尚の事だ。
そうして光秀と上座の様子を政宗が観察している内に、大広間の入り口から盆へ銚子(ちょうし)を乗せた女中がやって来る。
支子色(くちなしいろ)の小袖をまとった彼女は、酒倉でお千代に確認をして来た女中だった。
恭しい所作で信長の御前へ進み出て、両膝をついた彼女は日中お千代が指示した通り、凪が信長へと酌を命じた時用として、初めて例の特別な酒を運んで来たのだろう。
「御前を失礼致します、信長様。こちらは本日献上されました甘露酒でございます。最初の一献を是非凪様に注いで頂き、信長様へ召し上がって頂きたく、お持ち致しました」
「……ほう?」
女中の言葉を耳にし、腕を脇息へと戻した信長が口元から笑みを消す。
顔を俯かせたままで盆をそっと両手で上げる女中の顔は些か強張りを帯びていて、それを信長の隣、上座にて垣間見た凪は内心で同意する。
えも言われぬ良い香りのお陰で一瞬緊張も何もかもを忘れた凪はさておき、身分差が絶対だと耳にしていた事もあり、信長の前に出るのはさぞ緊張するだろうと思ったのだ。
先程までの自分と同じ立場となった女中を案じるように見た凪は、そっと彼女の掲げる盆から銚子を両手で受け取る。
「ありがとうございます」
彼女に聞こえるよう小さな声で礼を紡いだ後、信長へ向き直った凪は窺うようにして隣に座す男の顔を見上げた。
その刹那、視界の端に自分を真っ直ぐに見つめる光秀の姿が映り込み、凪の鼓動が何故か小さく跳ねる。
大広間へ足を踏み入れた時には、一切自分を見向きもせず盃を傾けていた男が、何故今になって視線を向けて来るのか。理由も分からず混乱した彼女はしかし、すぐに意識を切り替えた。